機動戦艦雪風
[05]バリの鮫
ジャワ島。
資源地帯占領のため南下を続ける日本軍にとって最大の攻略目標である。しかし島にはオランダ植民地軍の主力が展開しており、制圧は容易ではない。
そのため日本軍は、ジャワ島に隣接するバリ島を占領し、そこを橋頭堡にジャワ侵攻作戦を行うことにした。
そして1942年2月19日深夜、歩兵一個大隊を乗せた2隻の輸送船と、第八駆逐艦隊の駆逐艦4隻が、バリ島サヌール泊地へ侵攻した。
日本軍の侵攻を察知したABDA艦隊(アメリカ(American)・イギリス(British)・オランダ(Dutch)・オーストラリア(Australian)の各国で構成された連合艦隊)指揮官、カレル・ドールマン少将はアメリカ軍籍の爆撃機を発進させた。しかし日本軍より一足遅く、バリ島への上陸を防げなかった。
面目丸潰れのドールマンは軽巡3と駆逐艦1、そしてアメリカ軍籍の駆逐艦6隻を率いてサヌール沖へ向かい、揚陸作戦を完遂した第八駆逐艦隊と会敵。両軍はそのまま距離2000メートルまで接近すると、砲撃戦を開始した。
「全砲門開け!同時に魚雷充填!」
日本軍駆逐艦「大潮」艦長、吉川潔中佐が檄を飛ばす。主砲は連合艦隊の先頭を行く「デ・ロイヤル」に向けられた。
大潮から轟音とともに砲弾が放たれる。放たれた砲弾は迷うことなくデ・ロワイヤルに着弾する。するとデ・ロイヤルの船体が大きく揺れた。
「ダメージコントロール!被害状況を知らせろ!」
「左舷被弾!損傷中、作戦行動に支障が…」
「サルが…!ジャワを前に出せ!」
デ・ロイヤルが下がりジャワが前に出る。ジャワも砲門を開き応戦する。
海面にいくつもの水柱が立つ。内数発が大潮に着弾したが損傷は軽微であった。
そして大潮の主砲は寸分の狂いなく、ジャワの船体を捕らえる。被弾したジャワはデ・ロイヤルと連れ立って早々に戦線を離脱する。
「敵艦、戦線を離脱。」
大潮の管制官が吉川に告げる。吉川は追撃の指示を出す。そこに、先行していた駆逐艦「朝潮」も合流する。
大潮、朝潮は砲撃しつつデ・ロイヤルを追う。しかしその後方に、駆逐艦「ビートハイン」他2隻の駆逐艦が迫ってきていた。
大潮の砲術長、草壁由紀(ゆき)大尉はいち早くそれを察知し、吉川の命令を待たず即座に雷撃を指示する。
「目標、後方敵艦影!てぇ!」
大潮から魚雷が放たれる。内二発がビートハインの船体に命中し、ビートハインは轟音を上げ沈む。
「敵艦、沈黙!」
「よしっ!魚雷再充填!目標、後方2隻!」
由紀は腕を振り上げ指示を出す。しかし目の前でビートハインの最期をまじまじと見せ付けられた後続2隻は煙幕を張り、戦線を離脱する。
「煙幕?」
その後由紀の指示で数発の魚雷が放たれるも、敵艦船を捕らえることはなかった。同時に追撃していたデ・ロイヤルとジャワにも振り切られ、大潮、朝潮は進路を変える。
それが功を奏したのか、大潮、朝潮は軽巡「トロンプ」とアメリカ軍籍の駆逐艦3隻を発見。吉川の「見敵必戦」の号令で再び砲雷撃戦を開始する。
「魚雷正射!」
由紀の指示で魚雷が放たれる。砲撃の矢面に立たされたトロンプは魚雷をうけ中破。するとそのまま転進して戦線を離脱する。
「敵艦隊、転進。戦線を離脱していきます。」
大潮艦内に管制官の声が響く。
「また逃走?いったい何を考えて…」
由紀は首を傾げる。艦橋では、吉川も同じポーズを取っていた。
その後、大潮、朝潮は輸送船を護衛していた「満潮」、「荒潮」と合流する。満潮は別働のアメリカ軍籍の駆逐艦2隻と会敵し機関室に被弾していたが、航行に支障はなかった。
結果、日本軍は満潮が機関部大破、大潮が小破と被害は少なかった。かえって連合軍はビートハイン沈没、トロンプ中破、アメリカ軍籍の駆逐艦1隻が小破と、被害は甚大であった(後にドールマンの指揮管理能力が問われることになった)。
「草壁大尉、入ります。」
戦闘後、由紀は吉川に呼び出されていた。重い厳かなドアを潜ると、吉川がタバコを吹かして待っていた。
「先の戦闘、私の指示を仰がず雷撃を行ったそうだね。」
「申し訳ありません。私の独断であり、責任はすべて私にあります。」
由紀は背筋をビッと伸ばし、吉川の言葉を待つ。
「そう萎縮するな。敵艦を撃破できたのだ。褒められどすれ、責を問うようなことはせん。」
「あ、ありがとうございます。」
吉川はタバコを灰皿に押し付け火を消すと、書棚の引き出しから一枚の書類を取り出し、由紀に手渡した。
「貴君のような有能な人材を手放すのは惜しいが。命令ならば仕方あるまい。」
由紀は手渡された書類に目を落とす。
「第一三独立機動艦隊、戦艦雪風への転属と…少佐に昇進?自分が…でありますか?」
「喜びたまえ、草壁少佐。―来た。あれが、雪風だ。」
由紀は吉川の視線の先を見つめる。そこには初々しくも堂々とした佇まいで波を分け進む、戦艦「雪風」の姿があった。
「大本営が貴君に託した艦。貴君が初代艦長だ。光栄に思え。」
由紀は窓際に寄り、雪風を見上げつぶやく。
「私の…艦…」
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