暴走堕天使エンジェルキャリアー
[06]招かれざる者 前編
「生体インターフェイス、作動良好。エンジェルキャリアー、メンテナンスモードで起動開始。」
ウイィィン。
機械が動く音、電子音が響き、エンジェルキャリアーのカメラアイが黄色く光る。
「エンジェルキャリアー起動完了。自己診断プログラム、サーチ開始。」
コクピットには制服を着た九十九の姿があった。コントロールレバーの根本から延びた配線は、手元のノートパソコンに繋がっていた。
今回は訓練ではなく、先日の海戦時のデータ分析と、機体各部のメンテナンスを行っていた。汎用とは云え海中での戦闘は初めてだった為、動力系、駆動系のチェックは念入りに行われる予定だ。
エンジェルキャリアーのOSには自己診断機能がある。それはOSシステム、伝達系に限らず、動力系、駆動系、更には装甲のダメージ具合までをもカバーできるものだ。
その自己診断機能で洗われた部分を、人の手で調整、補修を行う。特務故に極力関係人員を減らしたい、そういった柵に都合の良い機能だ(少数精鋭部隊の為単純に人員と時間に余裕が無い、と云うのも理由の一つだが)。
「作業順調。自己診断とデータのリッピングも並行して、って…インテルやAMDもびっくりだな。」
キーボードを叩きながら九十九が呟く。
「ご機嫌だな、三尉。」
「小笠原二尉…」
「オートとは云え最後は人の手に掛かっている。遊んでいたら君が死ぬ事になるぞ。」
「…へいへい。」
小笠原はそう言って踵を返す。九十九はその背中を見つめていた。
「煤原三尉ーっ!」
足元から九十九を呼ぶ声が聞こえる。整備主任の長門一曹長だ。
九十九はコクピットから身を乗り出し応える。
「自己診断が終わったら三尉のリアクションに合わせて駆動系を調整するんでMAモードで再起動してくださーい!」
「MAモード?」
九十九はキーボードを叩きマニュアルを呼び出す。
「Manual Adjustment mode?」
「手動調整ですよ。うまく調整すればこの前みたいに鉄筋に引っかかる事もなくなりますよ。」
いつの間にか長門がコクピットの前に来ていた。
「どういうこと?」
九十九が尋ねる。
「データを洗って解ったんですが、キャリアーの駆動系と三尉の操縦に微妙にズレがあるんです。それでキャリアーが過運動して障害物にぶつかったり絡まったりしてたんです。」
「へぇ。さすがだね、曹長。―てか敬語止めてよ。歳も同じくらいなんだしさ。」
「いえ、しかし…三尉は上官にあたりますから。」
「上官ったって一階級だけじゃん。俺は新入りなんだし、曹長の整備がないとまともに戦えないんだしさ。曹長に命預けてる様なもんだし。」
「ありがとうございます。でも、規則なんで。それに、小笠原二尉に叱られちゃいますから。」
長門は苦笑い混じりに応えた。その表情を見て九十九も笑う。
「俺もあの人苦手だよ。」
二人ははははと笑う。軍に入り暫くの時間が経ち、九十九の表情は少しずつ豊かになっていた。
「自己診断完了、異常ナシっと。曹長っ。」
「あ、終わりましたか?じゃあMA入りますね。コントロール貰います。」
「何、外から出来んの?」
「三尉に操縦してもらわないと出来ませんから。」
「あ、そうか。」
二人はまたはははと笑う。
歳が近いせいか、余程二人は気が合う様だった。
「MAモード起動完了。三尉、どうぞ。」
「了解。」
九十九がレバーを操作する。モニターには東京の街並みと人型のBEASTの姿が映されていた。
エンジェルキャリアーとBEASTとの格闘戦が始まる(無論、模擬戦だが)。
「左足の踏み込みが浅いな…遊びがちょっと多いかな。」
九十九が長門に言う。
「了解。―どうですか?」
エンジェルキャリアーの左足がBEASTの首に極まる。
「OK、いい感じ。おらっ!」
左足を極めた体勢から身体を捻り、右カカトを脳天に叩き込む。が、BEASTは首を右に倒し回避する。
「甘いっ!」
エンジェルキャリアーはBEASTの首を足首で挟み、両手を地について反転する。
フランケンシュタイナー。
BEASTは頭から地面に叩きつけられる。エンジェルキャリアーも済し崩しに倒れる。
「立ち上がりが遅い!」
「大技過ぎますよ!こっちでモニター仕切れません!」
長門は忙しくキーボードを叩いていた。
「実戦はもっと忙しいよ!バックアップちゃんとしてくんなきゃ!」
その間もエンジェルキャリアーとBEASTとの模擬戦は続いていた。
「右手のデータが少ないです。右手のデータ下さい。」
「了解!」
エンジェルキャリアーの右手手刀、シャイニングフィンガーが繰り出される。
が、寸前でエンジェルキャリアーの動きが止まる。
「え?」
「何っ?」
モニターのBEASTは口を大きく開き、エンジェルキャリアーの右肩に喰らいつく。その瞬間、九十九の右肩に激痛が走る。
「ぐあぁっ!」
「三尉っ!どういう事だ?一体何が…」
「ああぁっ!」
九十九は左手で右肩を押さえていた。九十九の表情が歪む。
その時、長門のパソコンに「advance warning」の文字が浮かぶ。
「敵性反応…?キャリアーから?」
「どういう事だ!?これはっ!」
モニターの中でエンジェルキャリアーとBEASTとの戦闘が再開される。
「何なんだよ、畜生…」
九十九は唇を噛み、モニターに映されたBEASTの姿を睨みつけていた。
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