ガイア


[21]独白(3)


人類が宇宙へ上って久しい時間が流れた。
その時間は、云わばヘルメスの子である私に、個性と云うものを芽生えさせた。


人類が宇宙へ上り、最早4桁の数字の羅列など何の意味も成さなくなった頃。エスポワール住まう人間のあいだに、原因不明の奇病が蔓延した。
自然交配により生まれる赤ん坊の7割が、四肢が短く、脳が肥大化した姿で生まれてきた。
その7割の内の更に半数の赤ん坊は、生後間もなく死亡。残った半数は身体的に未成熟のまま育ち、男女共に生殖能力を欠いていた。
後にこの奇病は「フリークスヘビー症候群」と呼ばれ、婚姻統制を敷いても、人工授精を行っても、フリークスベビー症候群は治まることが無かった。

種の存続をも危ぶまれる状況に陥った人類は、禁断の技術に手を染めた。

ヒューマノイド。
正常に成育した人間を遺伝子レベルに分解。その遺伝子を培養しヒトの形へ成熟させる、クローン技術から生まれた存在。
ヒトにして、ヒトに有らざる存在をそう呼んだ。
生まれぬのなら生みだそう。育たぬのなら培養しよう。確実に減りゆく人類の理性が崩壊するのに、大して時間はかからなかった。

ヒューマノイド同士の交配からは、フリークスベビーは生まれなかった。
更に、ヒューマノイドは頭脳も身体も、ヒトよりはるかに高い能力を有する者も少なくなかった。
減りゆくヒトに反比例するように、ヒューマノイドは着実に数を増やしていく。

そんな中、自らを「純粋種」と呼ぶ政府高官と一部の有力者は、ヒューマノイドの能力を恐れ妬み、家畜同然に扱った。小さな方舟の中でさえも、人類は過ちを繰り返そうとしていた。
そして、必然的にヒューマノイドの反発が起こった。

ヒトは絶対的な数と高い頭脳、身体能力を持つ彼らヒューマノイドに敵うはずもなく、純粋種政府は一掃されヒューマノイドによる自治政府が興った。
だが、彼らは賢かった。
純粋種を滅ぼさず、同じ過ちを繰り返さぬように、互いが互いを監視、抑制する制度を採った。
そして後に、争いの根元である純粋種とヒューマノイドの垣根を無くすため、互いの争いの記憶を消去し、長い眠りに就いた。
そして、目覚めた頃には、純粋種、ヒューマノイドという言葉は完全に忘れ去られた。


この一連の騒動は、私の中、レベル9に秘匿されている。この事実を知らぬ限り、人類は二度と互いに争うことは無いだろう。


だが、レベル9の事実を知る者が現れた。いや、私がその者に情報を漏らしてしまった。
その人物はかつて私を生み出した者の末裔、フランシェルズ・イラ・ライラックである。
情報光学、器械工学に精通していた彼は、とある作業中に偶然、私という存在を見つけたのだ。

彼は純粋種にしてヒューマノイド並みの頭脳を持っていた(もちろん、本人はその事実を知らない)。
彼は何度も私にハッキングをしては、私のスクリプトを丸裸にして知的好奇心を満たしていた。
私はそんな彼に好意を抱いた。なにしろ、生み出され自我を持った時から私は孤独だった。それを寂しいと思った事はなかったが、無邪気に私の懐へ潜る彼を、私は愛しい存在と認識していた。

だがある日、ヘルメスから私に、ある任務がもたらされた。
地球の地下深くで生き延びた人類が、地球環境を再開発するための技術力として、ヒューマノイドの頭脳を欲したのだ。
私はヒューマノイドを地球へ送り届ける使命を授かった。
地球、ヘルメス、そして地下へ逃れた人類。
それらは全て、レベル9に属する秘匿事項だった。

私はその情報を、フランシェルズに見せずに秘匿することも出来た。だが、私はしなかった。
何故だと問われても解らない。私はヘルメスの完全な模造品ではなく、どこかに不良を持って生まれたのかも知れない。

そして私を通じて真実を知った彼は、地球とコンタクトをとり、地球帰還後の権力を握るために、エスポワールを裏切った。

ヘルメスを模した私に、ヘルメスへの拒否権は無かった。
ヘルメスに導かれるまま、私は地球への帰路を辿っていた。

その間フランシェルズは、唯一真実を知る者としてエスポワールの権力の椅子に座り続けた。
彼以外に真実を知る者が出ないために、自らのクローンに記憶のみを引き継がせながら、エスポワールが地球へたどり着く日を待った。

私はレベル9漏洩によるフランシェルズの暴走という罪を償うため、地球人類、純粋種とヒューマノイドとの新たな争いを避けるために、フランシェルズの暴走を抑制出来うる力を持った者を生み出した。
私はその者に、他のヒューマノイドの誰よりも卓越した頭脳と強靭な肉体を、そして、あらゆる状況でも私と直接リンクできる能力―即ち、ペガサスとヘルメスの一部を自由に操る能力を与えた。

そして今、彼の能力が覚醒する。


[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.