ガイア
[14]述懐
静かな坑道をライアックとグレイスが歩いていた。坑道はそれほど狭くなく、起伏も緩やかだった。
「どう見ても…天然の坑道じゃありませんね。まだ歩くんですか?」
グレイスの問いにライアックは答えなかった。
懐中電灯の灯りしかない薄暗い坑道を黙って歩く二人。気が付くと、坑道は緩やかな下り坂になっていた。
突然、ライアックが口を開いた。
「サタニー君。君はこの船の歴史を知っているかい?」
「はい?」
突然の問いにグレイスは間の抜けた声を出してしまった。ライアックが応えなかったので、仕方なくグレイスが喋り出す。
「授業で習った事だけですよ。」
「どんな内容だい?」
「…およそ250年前に太陽系外で超新星爆発が起き、強大なガンマ線が地球に降り注ぎ地表の生物の約80パーセントが死滅。人類は新天地を求め移民船エスポワールで地球を離脱。」
これが、ジュニアハイスクールからハイスクールで習うエスポワールの歴史を要約したものだ。
「やはり君は優秀だね。」
「茶化さないでください。」
グレイスはやや怒った口調で言った。
「250年前か。君たちにはそう思えるだろうね。」
「どういう意味です?」
ライアックの意味深な発言に喰いつくグレイス。しかし、ライアックは答えなかった。
「どういう意味ですか?」
もう一度グレイスが訊いた。
「それは―ここで自分の目で確かめるといい。」
坑道の行き止まりに、明らかに何者かの手により作られた大きな観音開きの扉がひっそりと佇んでいた。
表面は所々土や錆にまみれていたが、まだ充分に扉としての役割を果たしていた。
唖然とするグレイスを横目に、ライアックは扉の右側にある小さな石版に手を伸ばし、そっと掌を押しつけた。すると扉の表面に幾何学模様を描くように光が筋が走り、重たい音を立てながら扉が開いていく。
そして、ライアックが口を開いた。
「お見せしよう。「1000年計画」の全貌を。」
その頃、オリュンポスを襲った嵐は東の海洋へ抜け、何事もなかったかのようにその姿を消した。
そして、アルテミスはその状況をエスポワールへと送った。
「艦長!嵐が消滅しました。」
ラミアス情報士がビアッジ艦長に伝える。
「そうか。直ぐにクサントスに通信を。バリオスを出す。手の空いている者はわたしに着いてこい。」
「ビアッジ艦長!よかった…どうなることかと思いましたよ。」
グレゴリオは嵐が治まったことを知り、安堵の表情を浮かべる。
そして、ビアッジに洞穴入り口が崩落し、クサントスが洞穴に閉じこめられた事を伝えた。
「心配するな。バリオスで向かっている。それより、全員無事かね?ブライアンゼミの二人は?」
「無事です。。ただ、ライラック氏とサタニー君が坑道を調べると言って外へ…」
「うむ。とにかく今向かっているところだ。下手に動かずじっとしていろ。」
「解りました。」
グレゴリオは一旦通信を切り、シズルに視線を送った。その視線に気付いたシズルは、首を横に振った。
「携帯、繋がりません。」
「参ったな…バリオスの単車で迎えに行くまで動かない方が良さそうだな…」
グレゴリオが乱暴に頭を掻いた。
数十分後、クサントスの避難した崩落した洞穴の入り口に、バリオスが到着した。
「グレゴリオ、聞こえるか?今からシャベルで土砂を掻き出す。念のためクサントスを入り口から離せ。」
そう言って、ビアッジがバリオスのパワーシャベルを操作する。
何度か土砂を掻き出すと、シャベルの先端が何か硬い物に触れた。ビアッジは大きめの岩石だと思い、別の場所にシャベルを突き立てる。
ガキン。
又してもシャベルが硬い物に当たる。不審に思ったビアッジは、表面の土砂を取り除いた。
「…何だこれは…」
土砂を取り除いたそこには、大きな隔壁があった。
扉の向こうには薄暗い空間が広がっていた。灯り、と呼ぶには余りに弱々しい光源は、その空間の隅まで照らすことが出来ていなかった。
「ここは…?」
グレイスは懐中電灯で照らしながら空間を見渡す。かなり広いらしく、懐中電灯でも空間の奥を照らせなかった。
そんなグレイスを横目に、ライアックは歩きだした。グレイスも慌てて後に続いた。
突然、ライアックが口を開いた。
「君はさっき、わたしがスタンドアローンの状態でターミナルにハッキングしたと言ったね。それも、わたしがターミナルの開発者だから可能なのではないか、と。」
グレイスは応えなかった。
「正解だ。わたしはね、脳波で直接ターミナルとリンクしている。いついかなる状況でもスタンドアローンではないのだよ。」
「!?」
ライアックが続ける。
「そしてわたしがターミナルの開発者だという推理。これは残念ながら不正解だ。だが、君がレベル7で見た写真の男。あれは間違いなくわたし自信だ。」
「どういう…」
困惑するグレイスを置き去りに、ライアックは話を続ける。
「君たちでいうところのおよそ250年前。我々は地上を追いやられ、地下に逃げ込んだ。」
「ガンマ線バーストで、ですか?」
「いや…戦争だよ。」
気が付くと二人は、厚手のマントとガスマスクを身に着けた者達に囲まれていた。
困惑するグレイスをよそに、その内の一人が、一歩前に出て言った。
「ようこそ、地球へ。」
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