ガイア


[13]ライラック


「出口が…」
シズルはその様子を見て絶句した。クサントスが避難した洞穴の入り口が、崩落した土砂に覆われてしまったからだ。

エスポワールに搭載された2挺の揚陸挺、バリオスとクサントス。大型のバリオスには多機能人工衛生アルテミスをはじめ、各種の大型の通信機器、掘削機やウィンチなどの重機並みの機器を装備している。
一方のクサントスは小型で簡易探査挺ともいえる軽装仕様であり、崩落した土砂を掘削できる機器は装備していなかった。嵐が去り、エスポワールとの通信が復旧するまで、クサントスには何も為す術は無かった。

「とにかく嵐が治まるまで動けないね。通信が復旧したらエスポワールに救助を要請しよう。」
普段はどこか抜けているグレゴリオだが、以外と冷静な部分もあるようだ。普段の彼なら強行突破でもしよう、と言うかもしれない。
「なんとかエスポワールと連絡をとれませんか?」
グレイスが少しきつめにライアックに訊いた。どうやらカマをかけてみたらしい。その意図に気付いたのか、ライアックは不敵に笑って答えた。
「ハン氏の話を聞いてなかったのかい?それに、ハッキングは君の得意分野だろ?」
「そんなこと…無いですよ。」


「オリュンポス周辺は未だ暴風圏内です。やはり、バリオスで出すべきだったのでしょうか…」
ラミアス情報士が不安の表情を浮かべながら、アルテミスから送られる嵐の情報を見守っていた。
「私の認識が甘かった。君の責任では無い。」
ビアッジ艦長がそう声をかけた。
「嵐が収まり次第、バリオスで救援に向かう。バリオスの整備、頼むぞ。」
ビアッジ艦長は艦内通信でデッキの作業員達に告げた。

―ピンポーン。
ありふれた呼び鈴の音が鳴る。呼び鈴の前には木編みの小さなカゴを携えたミリアが立っていた。
「はい。」
しばらくして、インターホンから少女らしい声が聞こえた。
「ミリアよ。ちょっといいかしら?」
「ミリィ?すぐ開けるね。」
出てきたのはセシアだった。セシアは玄関の扉を開け、ミリアを招き入れた。
「お家の方は?」
「まだ仕事。それより、それ、何?」
ミリアの携えたカゴの中身が気になるようだ。ミリアは優しくにっこりと笑って答えた。
「シズルとグレイス、明日帰って来るんでしょ?おいしいアップルパイ作って迎えてあげなきゃ。」
「キッチン借りるわよ。」と言ってミリアは奥へ入っていった。そんなミリアの優しさに、セシアは涙をこぼしそうになったが、「セシアもほら、早く!」と急かされ、キッチンへ向かっていった。


外の嵐とは対照的に、クサントスの中は耳が痛くなるほどの静けさだった。無理もない。嵐に見舞われ、洞穴に閉じこめられたのだから。
ただ黙ってしゃがみ込んでいるシズルとグレゴリオを置いて、グレイスは懐中電灯を持って外へ出た。
「サタニー君?」
「ちょっち周りを見てきます。」
「わたしも行こう。」
ライアックが立ち上がり言った。
「…お願いします。」
二人は先ず、崩落した入り口付近に向かった。グレイスが土砂に蹴りをいれる。ぐしゃっ、と鈍い音がして、ばらばらと砂が滑り落ちた。
「そう厚くはないみたいですね。クサントスにスコップか何かありませんかね?」
「どうだろうね。―それより…」
ライアックは又も不敵な笑みを浮かべ、グレイスに訊き返した。
「私に何か話があるんじゃないのかい?」
「…なぜです?」
「意識していないつもりでも、人間は感情や考えが動きに表れるものでね。クサントスに集まってから、―いや、先週のあの騒動で中央シェルターに集まった時から、やたらに君はわたしを睨みつけてきていたからね。」
「…」
グレイスはライアックに背を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「その中央シェルターで、あなたはまだ公表されていなかったクサントス上陸の情報を得ていましたよね。」
「それが、どうしたね?」

暫しの沈黙の後、グレイスが切り出した。
「あの時、あなたはどうやってターミナルにハックしたんですか?」
「伊達で情報光学を学んでいたわけではないよ。君と似たような裏技を使ったまでさ。」
ライアックは笑いながら答えた。
「あの時、コアユニット以外の機能は全て停止していました。だから無線端末は繋がらない。そして、中央に移ってから、あなたに有線をいじくった素振りはありませんでした。」
再び沈黙。先に口を開いたのはライアックだった。
「何が言いたい?」
グレイスはゆっくりと振り返って言った。
「スタンドアローン状態でどうやってターミナルにハックしたんですか?」
ライアックの答えを待たずに、グレイスは続けた。
「失礼ですが4日前、あなたの事を調べさせてもらいました。―いえ、教えて頂けましたね。」
「流石だね。気付いていたか。」
ライアックが茶化すように手を叩いた。それを見て、グレイスは少し目を細めた。
「続けていいですか?」
「どうぞ。」
「ライアック・イヴ・ライラック。第1大学情報光学科卒。エスポワール屈指の財閥、ライアック家の現当主。行政府に対し絶大な権限を持ち、事実上、エスポワールの実権を握っている。あなたのことで間違いありませんか?」
「概ねその通りだね。」
「そして、これはレベル7の秘匿事項ですが…コアユニット、通称ターミナルを含むエスポワールの開発者がフランシェルズ・イラ・ライラック。写真も一緒に見させてもらいました。あの写真の人物、あれは白衣を来たあなたなんじゃないですか?250年前の。」
「…」
ライアックは答えなかった。
「そしてこれもレベル7。そこに「ヒューマノイド」という言葉がありました。フランシェルズ・ライラックの名で、ヒューマノイドは普通の人間より脳や身体機能が優れている、という内容の論文がありました。」
押し黙っていたライアックが口を開いた。
「つまり―ヒューマノイドである私が卓越した頭脳でターミナルを開発した。その開発者なら、スタンドアローンでもターミナルにハック出来る、ということかい?」
「信じたくはないですけど。」

三度の沈黙。
すると、突然ライアックが大声で笑いだした。突然のその様子に、グレイスはただ困惑するしかなかった。
「ははっ!おっと、済まない。余りに突飛な想像なのでね。だが―半分正解、と言ったところだね。」
「…半分?」
「流石だね、グレイス・サタニー君。君は並外れて賢く生まれたようだね。君には真実を知る資格がある。」
真実、という言葉にグレイスが喰いついた。
「着いて来たまえ。全てを見せて差し上げよう。」


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