キリリク


[01]無表情と超鈍感


灰からトゥーリ旅団団長デイロンを紹介された蒼とサイクレス・・・ではなくソーニャとサイスは、姫館魅煉を出て他の団員たちと顔合わせすることになった。

トゥーリ旅団はごく普通の旅芸人一座だ。正直に事情を話して巻き込むわけにはいかない。

そこで、二人はとある一座に在籍していた舞姫と用心棒だったが、座長が体調不良を期に一座を解散してしまい、失業してギルドへ職探しに来たところを、デイロンが見初めて雇ったということにした。

芸の出来ないサイスについては、用心棒の口を探していたが、彼の容姿が珍しかったのでデイロンが一緒に連れてきたということになっている。



さて、エナルに来た旅芸人たちは、普通ハイルラルド内の安宿に滞在するが、練習やリハーサルは技芸ギルド内にある広場を利用している。

今夜本番のトゥーリ旅団も、広場にて練習に励んでいた。



「ソーニャと申します。以後お見知りおきを」

「・・・・・サイスだ」

旅団員たちへの挨拶は二人とも素っ気なかった。

特にサイクレスは、慣れない服装と、作戦内容に納得出来ていないことから非常に無愛想で、眉間の皺には紙が挟めそうだ。

一方の蒼も言葉使いこそ丁寧だったが、美しく着飾った艶やかな姿に反して口調に全く抑揚がない無味乾燥状態だ。


「みんな宜しく頼むよ。それと今回、皇城での演奏の為に何人か臨時雇いもいれることに・・・・・」

説明を続けるデイロン団長。しかし団員一同、その後の言葉は耳に入っていない。

引き締まった身体を際立たせる黒い肌と、厳しくも精悍な顔立ちに女性団員が色めき立つサイクレス。
珍しく美しい、くっきり色分けされた髪に金鎖の目隠し。水を湛えて輝く海のような青い瞳が、男性団員たちの心を大きく揺さぶる蒼。

態度は悪いが、いずれも非常に目立つ容貌で、職業柄優れた容姿に慣れている団員たちでさえ目を奪われてしまう。





「黒い肌なんて珍しい。どこの出身なの?」

「凄い剣、こんなのが振れるなんて強いのね」

「綺麗な耳飾りね。瞳の色と同じなんて神秘的」

団長の話が終わると、サイクレスは早速女性団員に取り囲まれ、質問攻めにあっていた。

次々と浴びせられる質問に朴訥で女性馴れしていないサイクレスはどう答えていいかわからない。

戸惑い、救いを求めるように隣の蒼に目を向けると、そこにはいつの間にか自分の周りと同じ人だかりが出来ていた。


「へえ、ソーニャって山岳地帯出身なんだ」

「はい」

「あの辺りは生活大変だよな、夏短くて冬は厳しいし」

「そうですね」

「その髪って染めてるの? すっげえ綺麗」

「秘密です」

「左目の目隠しは演出?」

「それもあります」

「すごく似合ってるよ、神秘的で格好いい」

「ありがとうございます」



「・・・・・」

蒼の姿は群がる男性団員で殆ど見えない。

だが、聞こえてくる声は興奮気味の団員たちに対し、全くいつも通り飄々淡々だ。というか、一言ずつしか返していない。

女性には異常に優しい蒼だが、男性はどうでもいいらしい。

半ば呆れ、半ば感心するサイクレス。

また、余りにいつも通りな蒼に、姿が変貌したことで抱いていた漠然とした不安が、自分の中で溶けて流れていくのを感じる。


(・・・・・ん? でも何故安堵するのだ?)

消えていく不安感に疑問を覚える。

(うーん・・・もしや別人ではないかと疑っていたからだろうか?)

そんな気がする。

元々が単純な性質のサイクレス。不安が無くなった理由を適当につけ、それ以上深く考えることはなかった。






その後、本日の出し物の打ち合わせなど、団員たちにより慌ただしく登城の準備が進められていく。

しかし、芸人ではないサイクレス、やることがない。精々、登城時の注意事項を聞くくらいである。

その為暇を持て余し、邪魔にならないよう広場の隅に座って、何となく練習風景を眺めていた。


楽器をかき鳴らす者、ステップを確認する者、道具や衣装の手直しをする者など、みな忙しそうだ。

蒼も演奏の指揮者を兼ねているデイロンと、何やら身振り手振りを交えて話し合っている。だが、リハーサルにも関わらず蒼はここで舞を披露するつもりはないらしい。


(・・・・・)

またもや不安感がもたげて来た。今度は原因がわかっている。


(・・・蒼殿は本当に舞など出来るのだろうか)

根本的な疑問。だが、もっとも重要な問題だ。

思わず腕を組んで考え込む。すると深く考える程に何だか不安が募ってきた。

(・・・聞いてみよう)





あなた、踊れますか?




・・・可笑しい過ぎる。だが不安は消えない。

一瞬躊躇するもそう思い直したサイクレスは、決意を込めて顔を上げた。

すると。

「?」

蒼とデイロンの会話に新たに加わっている者がいる。

若い男だ。どうやら舞の指導をしているらしく、蒼に様々な仕草を取らせては、腕の向きや足を上げる角度など細かく指摘している。

対する蒼も無表情ながら真剣で、よくわからないが大事な話らしい。

ふいに、男が蒼の腕を掴む。どうやら口頭だけでは上手く伝わらなかったようだ。

蒼も指導が受けやすいよう、ダンスを踊る要領で男の腕を支点にくるりと体を半身させる。
蒼の背中が男の胸に当たり、まるで後ろから抱き込まれているように見えた、その時。


「!」


男が背後から蒼に顔を近づけ、そのすんなりしたうなじに口付けを落としたのだ。

「なっ!」

思わず腰を浮かすサイクレス。

だが、予想外なのはその後だった。

蒼のことだから、そんなセクハラまがいの行為をされれば、当然無表情無感情でつれなくあしらうと思っていた。

しかし、振り返った蒼は少し驚いた様子だったが、屈託のない笑顔の男と目が合うと肩を竦め、何事もなかったかのように会話を続行したのである。

僅かな微笑みさえ返して。

「・・・・・」

女性によからぬ事を働いた男に憤りを感じたサイクレスだったが、蒼が嫌がっていないなら抗議は出来ない。

結局、黙って座り直すしかなかった。





(・・・?)

憮然としつつも、そのまま練習風景を眺めていたサイクレス。ふと首を傾げた。

胃に何か違和感がある。

重いような、痛いような、胃を掴まれたらこんな感じがするだろうかといった奇妙な感覚。
胃痛ではない、腹を壊した訳でもない。

それとともに心臓もおかしくなる。体を動かしていないのに心拍数が速くなり、やはり痛いようなむず痒いような感じがする。

(何だ?)

胸と腹を押さえてうずくまるサイクレス。勿論、怪我はない。

原因不明な痛み、そうこうするうちに何だか息も苦しくなってきた。

「っ、はっ」

肺に空気を入れようと顔を上げる。

その瞬間、親しげに話す蒼と男の姿が目に入った。


ドクンッ


「うっ!」


心臓が跳ね上がる。胃も肺も、内蔵全てが体の中に手を突っ込まれてかき回されたような衝撃を受ける。

「ぐうっ」

サイクレスは焦った。

これは病気か?こんな大事なときに病に倒れるなんて。駄目だ、許されない。

だが鼓動は早くなる一方で、うずくまったまま喘いだ。



日頃から、何とかは風邪引かないを地でいくサイクレス。それこそ風邪がどんなものかもわからないほど健康だ。

それがこの痛み、尋常ではない。

ギュッと目を瞑る。服を握り締める手のひらに汗が滲んだ。

ドクドクと脈打つ体は、まるで全身が心臓になったかのよう。

(・・・駄目だ。まずい。病なんて)

必死に耐えるサイクレスには、もうそれが痛みなのかもわからない。ただ、掻き回される感覚だけが鼓動とない交ぜになって襲って来る。



(・・・・・ああ、もう)


駄目だ。

状況もわからず、そう思った瞬間。





「サイスさん、どうしました?」

聞き慣れた、低くも高くもない声が耳を打つ。


「はっ!」

その瞬間、金縛りから解放されたように瞼が開く。

と同時に歯を食いしばっていた口元も緩み、忘れていた呼吸が戻ってくる。肺に、ゆるゆると空気が入ってきた。

「大丈夫ですか?何かあったのですか?」



しゃらっ



淡々とした口調はそのままだが、今は気遣う色も滲んでいる。

蒼が屈んだ拍子に金鎖の髪飾りが揺れて、涼やかな音を立てた。

(心配、されている)

サイクレスがそう感じた瞬間、あれほど早くなっていた鼓動が急速に治まる。

(・・・・・?)

自分で自分に驚く。訳が分からない。

しかし、分からなくとも症状が改善されたのは事実。


「・・・・・」

サイクレスは深く息を吸い込んで、長い溜め息を吐いた。

「・・・何でもない」

そう言って様子を窺う蒼に顔を向ける。

目の前にいるのは薄く化粧の施された美しい女性。
広場に差し込む高くなった陽光がほんの少し逆行になり、整った顔立ちの影を濃くしている。結い上げた艶やかな髪は眩い程に輝いていた。


(・・・ああ、綺麗な人だな)

無意識にそう思う。

思うと同時に先程までグシャグシャ掻き回されていた体の中が、何だか温かい。

例えるなら、ほっこりとした幸せな気持ち。


(???)

自分の身体の不可思議に更に首を傾げてしまうサイクレス。

蒼の方は、気の抜けたような顔をしているサイクレスを更に覗き込んだ。

「何でもないって顔じゃありませんでしたよ?」

会話に集中していた蒼だったが、視界の隅に入っていたサイクレスが突然身を折るように体を伏せ、うずくまってしまったのだ。

何事かと驚く。

「いや、疲れていたのかもしれない。だがもう治まった」

安心させるように口の端を上げ、小さな笑みを作る。

実際不調は嘘のように消えていて本当に問題はない。

自分でも原因が全く解らないのだ。余計な心配を掛けさせたくはない。

「・・・そうですか」

腑に落ちず、歯切れの悪い口調だったが、これ以上追求しても無駄だと思ったのだろう。

蒼はその場を引き下がった


・・・しかし。


「彼、大丈夫? ソーニャちゃん」

突然、ヒョイッと蒼の背後から見知らぬ男が顔を覗かせた。蒼と親しげに話していたあの男だ。


どくんっ


サイクレスの心臓が、またしても大きく跳ねた。

「いえ、問題ないそうです。話の腰を折ってすみませんでした」

蒼が男に顔を向けて謝る。

いつもと変わらない蒼。だがサイクレスはそうは行かない。

「っ!」

動機が復活する。加えて胃もおかしい。

急激な発作に、思わず片手で胸を押さえ前屈みになる。

今度は男の方が異変に気付いた。

「ねぇソーニャちゃん、彼、様子が変だよ」

蒼の背後を指す男。

「えっ」

急いで振り返る蒼。

そこには眉根を寄せて苦しがるサイクレスの姿があった。

「サイスさんっ!」

慌ててしゃがみ込み、サイクレスの逞しい肩を掴む。

顔を上げたサイクレスは眉根を寄せ、苦しいような切ないような表情を浮かべている。

「・・・サイスさん、サイスさんっ、どうしました? 呼吸をしてください」

肩を思い切り揺さぶられ、俯くサイクレスの頭がガクガクと揺れた。
「・・そ」

「え? 何ですって?」

サイクレスが何事か呟いた。だが声が小さくてよく聞こえない。

少し焦った蒼が聞き返す。

「・・その、方・・は?」

苦しい呼吸と揺れる頭で非常に話しづらいが、何とか言葉を紡ぐ。

「え? あ、ああ、この人ですか?」

「ん?俺?」

二人に同時に聞き返され、頷きつつも何故か更に胃の中がぐるぐるになるサイクレス。

「彼は・・・」

「俺は・・・」

声が揃う。

「ギルバート、臨時雇いの楽団員さっ」

「そして、灰の部下です」



「・・・・・え?」




その瞬間、サイクレスの体調は一気に改善。


そして二度と発作を起こすことは無かった。








後に、サイクレスから事情を聴かされた蒼も原因がわからず首を捻る中、ギルバートだけが意味ありげに笑っていたのだった。








サイクレスがその理由を知るのは、まだまだ先のことである。












12000hit記念キリリク如何でしたか?
六章の潜入AとBの間のお話です。

本当にサイクレスのニブニブさは最強。
本編でも発揮される筈。



コロ助さん、こんな感じで如何でしょう?
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