第四章


[09]策士G


「子殺し・・・・・・」

それはなんて悲しいことなのだろう。腹を痛めた子を殺すなど。

「眠るように死ねる毒薬、一瞬にして死ねる毒薬、病を得たように見える毒薬・・・・・親たちが要求してくる毒薬は、みな苦しまないように、子供に気づかれないようにです。
身勝手だという事実は何も変わらないのに」

蒼の声はいつもと変わらず淡々としている。だがそれは、内包した激しい感情を抑えているからにほかならない。

「依頼を受けるのか?」

蒼にそんなことの片棒を担いでいるとは言って欲しくないが、依頼された仕事には違いない。

毒操師は、人の命を奪う道具を作っているのだから。

「私ですか?勿論、お引き取り願います。
大体、子殺しに毒薬を使うことが気に入らない。
一生どころか来世でも消えないくらい重い罪を犯すのですから、毒薬なんて頼らず自分で首絞めるなり、刺すなりしろというんです。それくらいも背負えないなら、始めから子殺しなんて考えるもんじゃありません。
まあ、大概は長い待ち時間で帰っていただけますけどね」

蒼は再度天井を見つめる。いや、記憶を見つめているといった方が正しいか。

「しかし、我々は規約に反しない限り、行動は自由です。
ですから、毒操師によっては依頼を引き受け、毒薬を渡す者もいる。
だが、判断に迷う毒操師の大半は子供を引き取り、ここに連れて来るのです。
親から売られたことにして」

売られたことにして、重い言葉だ。だが、自分が親に殺されるところだったと知るより、きっと何倍もマシに違いない。

「灰殿も?」

あの白い姿は、特殊能力に関係なく奇異に思われることだろう。

「彼女の場合は違います。灰の母親が特殊能力者でした。そしてここで彼女を産み落とした。
こういった商売ですから、身ごもる姫は珍しくない。ただ、遺伝的に能力が備わるわけではないので、大概は親子でここを去ります。
金目当てで売られてきたわけではないですから、この姫館では愛姫たちに給金も払いますし、引退のときには退職金も出す。
皆、子供を抱え逞しく生きているみたいですよ。母は強いですね」

初めて蒼の口元に僅かな笑みが浮かぶ。

特殊能力者として疎んじられた愛姫たちが、子を産み普通の親として世間に帰っていく。
勿論、苦労するには違いないが、幸せな将来なのだろう。

彼女たちは、その日を夢見ているのかもしれない。日々の生活の糧として。

「しかし、稀に特殊能力者が産まれることもあります。その場合、女児は愛姫に男児は世話役にする為、そのままここで育てられます。
灰の母親は、彼女を産んで直ぐ命を落としてしまった。灰には生まれついての特殊能力はありませんでしたが、元よりあの姿、里子にも出せない。
その為、彼女はここで育ったのです」

蒼は長い廊下を歩き出す。新たな客を迎えない愛姫たちの部屋は、もうどこも開いていない。

後に続くサイクレスとともに、無数の扉が並ぶ空間を二人は歩く。

「この姫館には毒操師がよく出入りします。子供たちを連れてくる他、その子たちの様子を見に来たり、情報を集めに来たり」

「情報?」


「ええ。ここに限らず姫館には情報が集まる。男というのは、肌を重ねた相手には心を許してしまうようで、秘密をうっかり話すことが多いのですよ」

「・・・・・・・・」

恋人の居ないサイクレスにはちょっとわからない感覚ではある。

「珍しい白い子供は出入りする毒操師たちに可愛がられたようで、気づけば彼女に毒操師としての知識を教える者まで出てきた。
例え子を成しても、その外見で、他の愛姫のように姫館を出て行くことが難しい灰、いえユアンを哀れに思ってか、自分の後継者にしようとしたのか。愛姫として客を取るころには、彼女の知識は毒操師の資格に十分な程になっていたのです」

きっと大人たちの中で、灰にも打ち込めるものが必要だったに違いない。灰の熱意が驚くべき早さでの知識習得に繋がったのだ。

「十分・・・・・だが、灰殿は毒操師ではないのだろう?」

「ええ、灰は毒操師の規約を満たすことが出来ない為、毒操師にはなれない」

また規約。人に仕えることもしない勝手気ままな毒操師。だが縛りは意外と厳しい。

「満たせない規約とは?」

蒼は溜め息をついた。

「毒薬の回収です。毒操師は自らが製造した毒薬が世情の混乱を招いた場合、全てを回収する義務があります。自分の足で。
灰にはそれが出来ません。彼女の身体は、外の空気や光に長時間耐えられませんから。
だから監察士になったのです」

植物に囲まれていた灰、あの温室は彼女の空間、そしてこの姫館魅煉は彼女の世界全てなのだ。

「緋も灰の管轄でした。
貴方は皇王への謁見に驚いていましたが、私には灰がここを出たことの方が驚きです。
何か余程の事情があったのでしょう」

そのようなことサイクレスにはわからない。

だが、疎んじた上での緋の近衛左遷。皇王の思惑を皆それぞれに解釈していた中、真実はあまりに呆気なく悲しい。

「急ごう蒼殿、陛下がジュセフ様に重きを置いていないのはならば、審議会は益々不利になる」

主君を案じるサイクレスの脳裏には、もう灰の忠告など残ってはいなかった。

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