第四章
[03]策士A
「あの二人は、何故証言するなどと言ったのだろう」
賑やかな遊楽街道から気持ちを逸らそうと、サイクレスは先程の別れを思い出す。
「まあ、認めて貰えたってことじゃないんですか?」
「え?」
独り言に近かった為、応えが返ってくるとは思っていなかった。
「ですから、あの二人、特にラトウィッジさんは貴方のことを鼻持ちならないジュセフ皇女の腰巾着な金持ちのお坊ちゃま、と思ってたんでしょう?」
「・・・・そこまでは言ってなかったと思うが」
何気に傷付く。
「まあ、そうかもしれませんが、似たようなものです。
しかし、実はただの後先考えない単純一直線なお坊ちゃんだったことがわかり、警戒や反発が緩んだのでしょう」
「・・・・・・大して変わらない気がするが」
全く自分の株が上がった気がしない。
「大違いですよ。軍隊、とりわけああいった荒くれ男の集団は、単純で仲間意識が強く、結束力が堅い。
ですが、近衛のような良家の子弟が集まっている軍隊は、口では大層なことを言っても大事なのは自分と地位と出世という人間が殆どです。
その証拠にジュセフ皇女が連隊長に就任してからというもの、貴族連からの入隊は減り、除隊者も出ているそうじゃないですか」
「・・・・・まあ、中にはそういうのもいるかも知れないが・・・・・」
居ないと断言できない辺り、この青年は本当に正直過ぎる。
「貴方は、そんな近衛の中隊長で有りながら、我が身を顧みずに事件の黒幕暗殺に手を染めようとした。
・・・・・・・まあ、無計画過ぎですが」
だが確かに、真面目一本槍の人間がもっとも重んじるであろう、騎士道に反する卑劣な手段に出ようとしたのだ。
一方、騎馬民族の出身者で構成されている国境警備軍には、騎士道などという堅苦しいものは存在しない。
すなわち勝者が正しい。どんな手段を使おうが、勝てばその人間の行いは正当化される。
そんな、シンプルな概念しかない。
サイクレスの行動は、目的遂行の為には手段を選ばないという点において、そんな騎馬民族道に叶ったのだ。
「認められた・・・・・・か。俺は策略も腹芸も好かないし、できもしない。だがジュセフ様の無事を得る為なら、俺の地位などどうだっていい」
「・・・・・・・貴方のそんなところが気に入られたのでしょうよ」
蒼の声は、少しだけ優しかった。
「さて、着きましたよ」
蒼が立ち止まったのは遊楽街道沿いの館の前。
軒を連ねている姫館の一つだ。
ガラスを贅沢に使った煌びやかな照明が軒先に幾つも下がり、その下では何人もの女性が視神経を刺激する衣装で微笑んでいる。
「着いたって、姫館じゃないか」
呆気に取られるサイクレス。
てっきり、自分の治療に使ってしまった毒薬の材料補充でもするのかと思っていた。
「そうですよ?ここに用があるんです」
蒼はとっとと入り口に向かっていく。
すると、
「あら、お客さん?珍しい外套ね。あらあら髪の色も目の色もとっても珍しいわ」
愛姫の一人が蒼に気づき、顔を覗き込んできた。
蒼は女性にしては背が高いこともあり、愛姫の方が上目使いになる。
二十代半ばと見えるその愛姫は、そうすると艶やかな印象が引き立ち、蠱惑的だ。
「綺麗な色ね。生まれつき?」
「半分だけ」
蒼の肩にしなだれかかる愛姫。
そんな姫に向かい、蒼は見えている口元に少しだけ笑みを刻む。
すると店先にいた他の愛姫たちも興味を持ったらしく、
「ホント、とても綺麗」
「羨ましいわあ」
「神秘的ねぇ」
蒼の周りを取り囲み、口々に誉めちぎりだした。
一人取り残されたサイクレスは、不可解な顔になる。
先程までの姫館とはまるで反応が逆だ。
サイクレスは服が伸びるほど愛姫たちに手を引かれていたのに、蒼は大して声もかけられず軽快に歩いていた。
だが今はサイクレスの方にこそ愛姫がいない。
しかも、蒼は尋常でないモテ方だ。
蒼の髪の染め粉は全く落ちていないし、前髪も下りたままで、例え下から覗き込んだとしても顔は分からないはず。
またしても化かされた気分になる。
「皆さん、熱烈歓迎はとても嬉しいのですが、今日は相手を決めているんです」
女性のくせに愛姫たちを軽くいなす蒼は、自分より場慣れしていて遥かに男前に見える。
「あら、羨ましい子ね。だれなの?」
「ユアン姫です」
愛姫の問いに、蒼は口元に笑みを浮かべたまま柔らかく答える。
すると、ユアンという名前を聞いた愛姫たちが少しだけかしこまった。
「ユアンさん?」
「ユアンさんのお客さんなの?」
「はい、ユアン姫を指名します」
指名?って普通に愛姫を買う気か。
相変わらず取り残されたサイクレスは蒼の行動に不安を覚える。
「そう、ユアンがご指名なの。じゃあ仕方ないわね」
年長の愛姫がそう言うと、
「じゃあ、案内するわ」
「私も」
「私も一緒に行くわ」
少し幼い愛姫たちが蒼の腕に絡みついてくる。
「ありがとうございます。お願いします。あ、後ろのお兄さんも連れてきてください」
姫たち導かれるまま店内へ入っていこうとする蒼が、肩越しにサイクレスを振り返る。
すると、今まで誰の視界にも入っていなかったのに、あっという間に愛姫たちが群がってきた。
「えっ」
「ご一緒の方、行きましょう」
「行きましょう」
「こっちよ」
「こっちよ」
そして、そのまま店内へと拉致されていった。
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