第三章


[09]策略C


「俺への殺意・・・・」

サイクレスは無意識に握りしめていた手のひらが、じっとり汗ばんでいるのを感じた。

「殺意が貴方への個人的なものか、ジュセフ皇女を陥れる為かはわかりません。
ですが、遅効性の毒薬を使っていることから考えても、今回の事件がらみなのは間違いないでしょう」

手のひらで転がしていた瓶をサイドテーブルにコトリと置き、蒼はベットの端から立ち上がる。

「いずれにしても、貴方を狙って刺客は放たれた。しかも私の麻酔毒には掛からなかった。これは付け焼き刃の、にわか刺客ではありません。恐らく本職の暗殺者・・・・・・」

「なあ、ねぇさんよ。何で遅効性だと事件がらみなんだ?」

立ちっぱなしの国境警備兵、ギディオンが素朴な質問をした。

「サイクレスさんの死体がすぐ発見されるようにです」

「だから、何で遅効性だとそうなるんだって」

肉体派なギディオン、考えるのは苦手だ。

「坊ちゃんがハイルラルドにより近づけるように、だろ?」

相棒よりは幾分頭脳派なラトウィッジ。

「え?」

「だから、速効性じゃ余程上手くやらないと思い通りの場所で死んでくれないだろ?
こっそりやるにしても、ハイルラルドじゃ人目もあるし。
でも、遅効性にしときゃ坊ちゃんが国に帰る途中だったんなら、ハイルラルドのごく近く、場合によっちゃハイルラルド内で殺すことも出来る。
いずれにせよ発見される可能性は極めて高くなるし、知名度も高い。
街中で突然死ともなりゃ大騒ぎだ」

「そう、我々、というかサイクレスさんを狙った刺客は、貴方が戻ることを勿論わかっていた。
髭子爵さんのように待ち伏せではなく、行きも帰りも付けていたのでしょう。私のことも知っていた筈ですから。
麻酔毒が避けられた理由はそれで説明がつきます。
刺客は、緋の話を聞いた貴方が急いで戻ると踏んで、あのタイミングで毒矢を射たのです」

結果的にハイルラルドの街に入る直前で、サイクレスに症状が出た。
蒼は危険な状態だったサイクレスに緊急措置を施し、この町外れの宿に連れてくるしかなかったのだ。

「すると、俺の死体は宣伝広告に使われるところだったというのか?
意識不明のディオルガ様に続いて俺の死体が見つかれば、近衛に毒薬が出回っていることの証明になると?」

憤慨するサイクレス。しかし蒼は腕を組み考え込む。

「・・・・・いえ、それだと犯人が近衛全部に広がってしまい、折角お膳立てしてまで捕らえたジュセフ皇女と緋だけの罪ではなくなってしまいます。
寧ろ無実を証明する材料を提供することになりかねない・・・・・」



・・・・・・どういうことだ?
行動が読めない。明らかに矛盾を感じる。
夫殿の事件では多少強引でも皇女と緋の拘束が優先されていた。だが今回は失脚を目的としているのなら明らかにおかしい。
黒幕は同じだと思ったが、気のせいか?
これもルースのような短絡的派閥による事件便乗犯か?


顎に手を当て己の考えに没頭する蒼。
報復を宣言しただけあり、今までとは打って変わって真剣そのものだ。

「蒼殿、まずは近衛連隊の詰め所に来ては頂けないだろうか。そこでフレディス副長に会って欲しい」

立ったまま黙りこくってしまった蒼に、サイクレスが提案をする。

「フレディス・・・・・・・そう、そうです。黒幕の目星を付けているのはその方でしたね」

考えに没頭していた蒼は我に返ったようにサイクレスを見る。前髪の隙間からも鋭い視線を感じ、サイクレスはちょっと怯んだ。

「ああ、そうだ。だが、俺は具体的に誰とは聞いていない」

「は?」

蒼の顔が見えていたら恐らく目を丸くしていただろう。

「貴方、標的がわからないでどうやって暗殺するつもりだったんです?
まさか、取りあえず毒薬を買って、改めて計画を立てようなどと言いくるめられてたわけじゃないですよね」

「うっ」

図星は痛い。

その様子に蒼は額に手をあてた。

「・・・・・・・いや、一刻を争うことだから詳しい事情を話している時間はないと。でもジュセフ様を救う為に俺に暗殺を頼みたい・・・・・・、と」


(貴君しか、この危機を救える者はいない。議会員はみな買収されてしまっている。審議会は形式だけだ。もはやこの方法しかないのだ)


脳裏にフレディスの言葉が浮かび上がる。
普段が冷徹な人だけに説得は真に迫っていた。
だから自分は信じたのだ。


・・・・・・・しかし、冷静になって今話してみると、自分でも言いくるめられている気がしてきた。

「貴方、それ全面的に信じてたんですね」

呆れたような、ではなく完全に呆れた声。

単純にも程がある。

「完全に阿呆ですね。そんな理由とも言えない理由で、暗殺など大それたこと引き受けられるのは貴方だけです。
まあ、間違いなくそこを利用されたんでしょうけど」

ザックリと切られ、真面目一本やりのサイクレスはうなだれる。

「おいおい、蒼ちゃん。坊ちゃんも悪気があってのことじゃねえんだし」

嫌っていたくせに、サイクレスが余りに素朴で単純なので、何だか憎めなくなってきたらしいラトウィッジ。

「悪気がないから利用されるんです。いい大人なのに」

グゥの音もでない。

「すまん」

サイクレスの声は痛々しい程小さかった。

「仕方がないですね」

盛大な溜め息と共に、諦めた声が出る。

「・・・・・え」

顔を上げるサイクレス。

蒼がこっちを向いていた。

「ここでこうしていても矛盾が見えるばかりで進展はありません」

蒼は壁の外套に手を掛ける。

「近衛連隊副隊長フレディス氏に会いましょう。案内してください」

フワリと翻った外套が、やけに鮮やかに目に焼き付いた。

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