第三章


[07]策略A


「さて、ご納得いただけた所で、今後のお話ですが・・・・・」

絶句するサイクレスを放置し(ちなみにギディオンも信じられないといった顔をしていたが)蒼は国境警備軍の二人、取り分けラトウィッジに顔を向ける。

「結局、あなた方はどういったご用件なのでしょうか」

「ん?」

不意の質問に、ラトウィッジは一瞬不思議そうな顔になり、次いで自分が蒼を呼び止めて今に至っている事実を思い出す。

「ああ」

ぽんと手を打つ。

「・・・・・・・・その様子、忘れてましたね」

「え、・・・・・・・・いやいや、そんなことねえよ。ただ、まあ、その、何だ。ねぇちゃんの迫力に押されて・・・・」

押されて、忘れていたラトウィッジ。

「やはり・・・・・」

「いやいやいや、目的は職務質問だったから、あんたの職業知っちまったし。目的は達成したかな、みたいな・・・・・」

苦しいラトウィッジ。

蒼はそんなラトウィッジをじっと見たが、ふいっと視線を外す。

「些末なことに時間を取られました。
さて、サイクレスさん今後の計画を立てましょう。
お二人には帰っていただきますので」

そしてあっさり二人を切り捨てた。

「おいおいおい」

ちょっと慌てるラトウィッジ。

「何ですか?親切なボランティアの方々。
私、大変感謝しております。
ですから、要件はお済みのようなのにこれ以上お引き留めするのは非常に心苦しいのです。
我々は危機を脱しました。心置きなく職務にお戻りください。
海牛亭はまだ営業しているでしょう」

慇懃無礼もここに極まれり、といった口調だ。

蒼は本格的に二人を追い出しにかかっている。

「こらこら、蒼ちゃん」

鋭い目元を精一杯努力して和ませるラトウィッジ。

「そりゃあないぜ、ねえさん」

性別が知れて、若干扱いを丁寧にするギディオン。

二人とも成り行きで蒼を手伝っただけだが、首を突っ込んでしまっては色々と気になる。
その上毒薬騒動だ。非番とは言え国境警備兵、職業的にも黙っているわけにはいかない。

「俺たちは国を守るもんだ。物騒な騒ぎを持ち込んだあんたたちの事情を聴く権利がある」

開き直りなラトウィッジ。

瞬間、蒼は小さく舌打ちをした。

「気付かないうちに返したかったのに」

呟きは誰の耳にも聞こえた。
蒼は実にイイ性格をしている。

サッパリわからないのはサイクレスだ。
蒼の性別問題から立ち直ったものの、自分が寝ている間に何があったのかという顔をしている。

しかし、窓から漏れ聞こえてくる外の喧騒で、自分が今置かれている現状と上官の危機を思い出し、俄かに焦り始めた。

「蒼殿。ここはハイルラルドの宿だろう。俺はどれくらい気を失っていたんだ?」

外はまだ十分に暗い。喧騒も聞こえる。自分が気を失ったときはまだ宵の口だったはずだ。
深夜、というところだろうか。

「そうですね。5時間といったところですか。今丁度零時を差しました。審議会まで正味3日間です」

「・・・・・俺は、また時間を無駄にしてしまったのか」

毒を射られたのは不覚だった。
5時間もあれば、宮城のジュセフ様に面会が可能だったかもしれない。近衛連隊の詰め所でフレディス副長に蒼殿を引き合わせ、今後の対策を話し合えたかもしれない。

今更ながらに自責の念が襲ってくる。

「いえ、今回の事は私に責任があります。刺客は麻酔毒には掛からなかった。そして、私の目の前で毒薬を使いました。
相手もプロとはいえ、気付けなかったのは完全に私の落ち度です」

頭を下げる蒼。

サイクレスは狼狽してしまう。

「いや、傷を受けたのは俺の油断だ。軍人として情けない。寧ろ蒼殿には命を助けて貰った。感謝してもしたりない」

実際、自分独りだったらルース卿たちを戦わずに退けることは出来なかったし、毒に犯されしまっては、今頃町外れで野垂れ死んでいたに違いない。

「サイクレスさんがそう言ってくださることはわかっています。だが私は自分が許せない」

「そ、そん・・・・」

そんなに自分を責めなくても、そう言おうとした。しかしそれは蒼の次の言葉によって遮られた。

「報復です」

「はっ?」

ほうふく?

「この私にこんな屈辱を与えたんです。これは売られた喧嘩です。刺客は必ず捕らえ、屈辱を倍返ししてやります」

それは完全なる私情。

サイクレスの毒物中毒の原因が判明してから、沸々と湧き上がっていた怒りが蒼の中で爆発する。

今、蒼は否応なく巻き込まれた側から、事件の中心へ踏み込む率先した関与を決意した。

報復、ただそれだけの為に。

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