第三章
[03]皇都B
国境警備兵たちが蒼の後について辿り着いた先は、町外れの宿だった。
新しくも豪華でもない扉を潜り、蒼は中に入っていく。
二人も無言で付いていく。
「いらっしゃい・・・・・・・ああ、お客さん!」
受付に立っていた宿の主人が、蒼を見て慌てて走り寄る。
「お連れさん、物凄く苦しんでて、手がつけらんないよ。このままうちで死なれでもしたら・・・・・・・・・・・」
青ざめる、ハゲかけた主人。
そのとき上の階から呻き声があがった。
低い呻きは、漏れ出るのを必死に抑えようとしている。
しかしそれが、余計に苦しみを増長させているようだ。
「まずい、かなり進行して来てますね。ご主人、部屋は覗きましたか?」
蒼の問いに、主人はハゲた頭を思い切り左右に振る。
「怖くて覗けるもんかいっ。他の客も気味悪がって出て行っちまうし、商売あがったりだよ」
「結構。人が少ない方があまり見られなくて済みます。
それと出かける前にお願いした通り、風呂は沸いてますか?」
主人の抗議をさらっと流し、蒼は抱えていた樽を床に置く。
「ああ、ちゃんと沸かしてあるよ。いつでも入れるさ」
「大変結構です。じゃあご主人、すみませんがこの樽を風呂場まで運んでもらえませんか?」
困惑顔のハゲ主人に用を言いつけ、蒼は上の階にほんの少し視線走らせると、戸口に立っている国境警備兵に向き直った。
「さてあなた方、ここまで来たのですから、ちょっと手伝ってください。
えー、ギディオンさんでしたか、傷の人。あなたの方が適任ですね」
身軽になった蒼が、頬傷の男、ギディオンを指差す。
「へっ?俺?」
「そう、あなたです。私と一緒に二階に来てください。運んで欲しいものがあります
それと、ラトウィッジさん?」
「何だ?」
ことの成り行きを静観していたラトウィッジにも矛先が向けられる。その顔には面白そうな笑みが張り付いている。
ラトウィッジは、蒼があんな自己紹介でもちゃんと自分たちの名前を覚えていたことに、少なからず驚いていたのだ。
「はい。あなたはご主人と一緒に風呂場に行っててください。
今から一人湯浴みをさせます。私一人では手に余るのでお手伝いをお願いします。
濡れるかもしれませんから、装備は外しておいてくださいね」
それだけ言うと、蒼はとっとと二階の階段を上っていく。
「おいっ、あんた」
何度目かしれないギディオンの呼び掛けを例によって無視し、群青の塊は階段の向こうに消えてしまった。
「何なんだ、あいつは・・・・・・・・・どうする?」
ギディオンがまた同僚を振り返る。困惑したような表情。職務質問の筈がとんだことになっている。
「まあ、乗り掛かった船だ。とことん付き合ってやろうじゃないか」
益々面白そうな顔つきのラトウィッジは、軽い足取りで樽を抱えた主人を追って、宿の奥へと行ってしまった。
「おいおい」
戸口の前で一人残されたギディオンは途方に暮れた。
しかし、ここでこうしていても仕方がない。
ギディオンは腹を括ると、まだ呻き声が時折聞こえる二階に足を踏み出した。
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