☆幕末人と暮らす方法☆【完結】
[08]【第8話】元日
私は歳三の温度を肌で感じ、幸せな朝を迎えた。
耳元で寝息を立てている彼を起こさぬよう、そっと枕から離れた私は、首筋や胸元に残る朱印を鏡で認める。
歳三の所有物となった。
言い知れぬほどの喜びを、一人噛み締める。
彼は私を「一の女」と呼んだ。
花街の女たちと浮世を流した彼が、私を「一の女」と呼んだ。
永遠に片想いであったろう素人の私が、磨き抜かれたプロの太夫を尻目に「一の女」となったのだ。
胸元の朱印を指でなぞり、ゆっくりと息を吐く。
朝の空気に白く溶けていく吐息を打ち消すように、温度が再び私を包み込んだ。
背後から伸びるその腕に残る、幾多の歴戦を経た傷跡を、一つ一つ確かめるようになぞると、その腕は一層力を込め、私を締め付けた。
「この世界で夫婦になるには、どうしたらいい?」
耳元で彼が囁く。
現世に戸籍の無い彼と婚姻を結ぶことなど、当然無理なこと。
しかしそれを口に出せば、自分でその事実を認めさせてしまうことが悲しくて、つい口を閉ざしてしまった。
その姿に彼も何かを悟ったのだろうか。
「構わん。それでもお前を妻女とする。」
そう呟き、朱印を撫でた。
互いの薬指には、昨夜の契を確かなものにする証がある。
初詣の露店に並んでいたブリキのオモチャだが、歳三が初めて買ってくれた、大事な指輪だ。
「西洋の習わしで、[エンゲージリング]というんだぞ。」
彼は私が知らないとでも思ったのか、得意満面で説明し、除夜の鐘と共に私の指に通したのだった。
「[マリッジリング]というのがあってな。」
昨夜の様子を再現するかのように私の手を取り、彼は続けた。
「祝言のときに、互いにはめ合うんだ。
祝言…誰呼ぼうか。
仲人は近藤さんに頼もう。あと、総司だろ、島田、新八、左之助…あぁ、これじゃあ隊士みんな呼ぶことになるじゃねェか!
あとはそうだなぁ…」
うちに来た日、彼は「榎本武揚と飲んでいた」と言っていた。
その時はもう、近藤さんも沖田さんもいなかった時代だ。
しかも未来の世界にいる自分のもとへ、どう呼び寄せるつもりなのか。
そんなツッコミも必要なかった。
彼の涙が、私の肩を伝って落ちたから。
「お前は…お前だけは、置いて行かないでくれ。
ずっとずっと、俺のそばにいてくれ…」
「鬼の副長」が、「ただの人」に戻れる場所に、私がなろう。
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