第二章 動きだす運命
[03]第二十話
月明りが差し込むベッドの横に、セイランが立っていた。
「今まで、黙っていてすまなかった。ネル、許してくれ」
しかしネルフェニビアからの返事はない。
静かな寝息をたてる少女は、穏やかな表情で眠っている。
「まだお前には話せないが、いつか必ず話す。それまで待っていてくれ」
セイランはそう言うと、眠たげな顔をした女医に頭を下げてから医務室を出た。
すぐ脇で待機していた慶喜がセイランに近寄った。
「真実は闇の中、か?」
「いえ……光の中にあります。しかしその光が強すぎて、見えないだけでしょう。いずれにせよ真実は彼らによって紐解かれます」
「セイランらしいな」
慶喜は少し肩を震わせながら言った。
その口調からは喜びに近いものが滲み出ていた。
「ご自分の息子の危機がそんなに嬉しいのですか?」
セイランは不謹慎だと言わんばかりに眉をしかめた。
「いや、違うな。息子の如月が、隠された事実を明かす立場にやっと就いたのだという喜びだよ」
「はあ……」
「君には分からないだろうが、真実を知る立場を授かる事は天命なのだよ」
「天命………運命ですか」
「そうだ。私は科学者だがそれだけは信じている」
「…………」
「興味がなさそうだな」
セイランの冷めきった表情を見て、つまらなそうに慶喜は言った。
「運命なんて、残酷でしかないと思っていますから」
「そうか」
慶喜は一度肩を竦めると、背広の内ポケットから何かを取り出した。
それは飴玉だった。
「寝る前に食べておけ」
「虫歯になるので、明日食べますよ」
「つまらない奴だ」
セイランは慶喜から飴玉を受け取った。
そして二人で忍び笑いをした。まるで、秘密を共有した子供たちかのように。
すると、急にセイランの表情が強張った。
慶喜も笑いを止め、目を細めてセイランを見る。
「来たか」
「ええ。【復讐者】の登場のようですね」
「サポートは?」
「必要ありません。無駄死は好まないので」
「そうか」
慶喜がそう言うと、セイランは転移魔法を展開した。
「気をつけろよ」
慶喜がその様子を見ながら呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「待ちわびたぞ」
「こんばんは………いえ、初めましてと言うべきでしょうか?」
「どちらでも構わない」
「今すぐ殺すつもりですか」
セイランは思わず嘆息してしまった。
彼は今、科学省の屋上にいる。
そして、目の前にいるのは般若の面を被った少女。手には抜刀された刀がある。
「あまり人殺しはしたくないのですが………」
「かつては何人も平気で殺してきたくせに……!」
「ですからそれは……」
セイランの弁解は、憎しみが溢れる復讐者によって掻き消された。
復讐者が一瞬で間合いを詰め、その手に持つ刀を敵の喉元に突きつけたのだ。
「…………」
しばらくの沈黙が両者の間に流れた。
直後、風が彼らに吹き付けると同時にセイランが素早く跳躍して後ろに下がった。それとほぼ同時に少女も跳躍して下がる。
「あまり傷つけたくないのですが、仕方ないようですね」
セイランは指をパキポキと鳴らし、腰を落とした。
完全な戦闘態勢である。
一方、少女も腰を低めて刀を構える。
「ここが貴様の死に場所だ……!」
今、真夜中の屋上で、復讐という名の悲しくも非情な戦いが静かに始まろうとしていた。
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