〜第5章〜


[48]2007年7月20日 夜中4時22分


「……なるほど」

グルームは苦笑を交えた。その言葉の続きを言おうとするも、彼は礼儀をわきまえ、口を閉ざすことにした。

「ジェスタレーラ。貴様が俺を見下す権利は無い。次はその羽を奪い取ることを覚悟しておけ」
「あははっ! またそういうこと言って〜。 あたいは知ってるんだからぁ。ルネスはあたいのことがだあああいすきだってことぉ」「寄るな」

ルネスはジェスタレーラを突き飛ばすが、ジェスタレーラはまだウヒヒヒと笑っている。

「私情ごときで呼ぶな。俺は帰るぞ」
「今日のルネスくんはなんだかふきげ〜ん」
「ふ……貴様が側にいるだけで虫垂が走る。まだ分からないか」
「へぇーじゃあもっと近づいたらどうなるのかなぁ?」

ジェスタレーラは満面の笑顔でルネスに向かって飛び込む。

ルネスがブーツを地面にはっきりと打ちつけた。
その瞬間彼は消えて、グルームの背後に現れる。
当然、飛び込んでいたジェスタレーラは

「いだぁ!?」

固く冷たい、黒の床にキスをする羽目になった。
ジェスタレーラが鼻を押さえながら後ろを向くが、既にグルームを含め、2人はいなくなっていた。

「もー。ルネスったら恥ずかしがり屋さんなんだからあ」
――――――――――――

僕が清奈と外に出た時には、僅かに東の空が橙色に染まっていた。紺色の空に、星は一つも浮かんでおらず、バイクも自転車も走っていない。
静寂がいつもの日常を支配する。そして、空気が凍りついているのか、真夏を裏返したような肌寒さだ。いや、これは。

「なあ、清奈。寒くないか?」

と清奈を見て、僕は気づく。

清奈の口から白い吐息が出ている。これはいくらなんでも、寒すぎである。

「早朝の冷え込みも、これほどになれば季節外れね。奴らの仕業と考えて間違いなさそうだわ」

そして、これは僕が気づいたことなんだが、風が、学校があるのと同じ方向から吹き付けている。
電車が走る方向を考えると間違いない。

「フェルミ、学校に侵入できる?」
《難しいな。どうやら向こうの気温は氷点下を下回る》
《では、私が向こうで寒さを和らげてみましょう》
「そんなことできるのか?」
《やったことはありませんが……光の外に放出すれば、いくらか寒さも和らぐとは思います》
「じゃあ、それはパルスに任せるわ」

清奈は首からフェルミを外した。

黒髪がふわりと浮き上がる。彼女の繊細な指先に触れながら。

「悠、側に寄って」

側に寄る?
あ、ああ。いいですよ。
ちょっとドキッとした僕は清奈の方へ一歩前進した。

「もっと」


そう言うので、もう一歩近づく。
というか……僕はさあ。
清奈に凄い剣幕で怒られ、まだちゃんと仲直りしていないはずなのに、僕の心臓は心無しか早く動く。反省してるのかお前は、と自問自答したくなる。


「……もっと」

え? これ以上って。

「いや、清奈。密着、するぞ」
「そうよ。不本意だけど。どさくさに紛れていやらしいことをしそうだしね、お前は」
「うぐっ……しないって。もう二度とあんなことはしません」

清奈は僕をいぶかしげな瞳で見つめる。

「ロンガナイズ」

そう清奈が唱えると、フェルミのストリングが徐々に長くなる。
それをそのまま首にかける。紐が長くなったぶん、清奈の胸もとにあったフェルミが腰の辺りにまで下がる。

「この中に入って」

入るの? いや、結構厳しくない?
恥ずかしいっすよ清奈さん。でも断る訳にはいかない。どっきんどっきん。

「……早く」

清奈が急かす。
清奈の方も、声は普段通りだが明らか顔は紅く染まっている。

「何度も言わせないでくれる?」


「ああ! ご、ごめん。じゃ、は、入るからっ!」


僕もフェルミの中に入る。今
僕は、清奈と完全にくっつき、その周りをフェルミが取り囲んでいる状態である。フェルミが囲っているので離れることはもちろんできない。

そして、なによりも
僕の体、全身が
清奈の肌理細かくて白く、少し暖かい肌と触れているのだ。
無論服を通してだが、清奈の肌は、天使の羽に触れているかのような肌触りが感じられる。
全く、寒くない。
むしろ暖かい。
温もりを全身に張り巡らされた触覚で感じとる。


清奈の吐く白い吐息。微かに、規則正しく聞こえる清奈の呼吸音。それを聴覚で感じとる。その音に合わせて、清奈の肺の辺りが膨らんだりしぼんだりを繰り返していることが分かる。


清奈の髪のつむじが、ちょうど僕の鼻の高さにある。なんていい香りがするのだろう。
張り詰めたような外気にさらされるなか、清奈の髪はほんのり甘い。それを嗅覚で感じとる。

清奈も僕と密着していることに戸惑いを隠せないようだった。彼女らしくないことに、視線がどこかしら泳いでいる。まともに目を合わせるなんてできるはずがない。僕もそうだが。それを視覚で感じとった。

綺麗だ――

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