〜第5章〜


[46]2007年7月20日 夜中4時08分


季節外れの雪が注ぐ。
間もなく屋上は粉雪で覆われた。
時計台は、透明に近い水色になっていた。
学校を丸ごと氷づけにさせていて、漂う空気は肌を差すようだ。
温もりなど、塵ほども無い。
ただ冷たく、寒い空間。
何かが重なりあっているようだ。
あの深遠な氷山を見てみる。
なんて肌触りが悪そうなのだろう。
ゴツゴツの山肌
深く……心の傷にも似た氷谷がジッと……在る。

ハレンは目を瞑る。
助けを求めるのではない。ここに誰も助けが来ないことを願って。
同じ死ぬのなら、綺麗なままで死にたい。
仲間達の失望を得て、其を見て消えるのだけは、本当に嫌だった。
ハレンは……あの、笑顔が似合うハレンのまま、去りたかったのだ。

――――――――――――

「ほら見ろよ、読みは当たったぜ?」

相変わらず煙草をふかし、隣にいるメイド……アルフルン=エレッド=リリウスに口を開く。

「これは、ネブラのよるものでしょうか?」
「うん……判断が難しい所だな。歪みは検出されねえ所を見ると……別種か、新種か、それとも悪種か……ねぇ」

吸い殻を地面に落とす。

「面白れぇ事をするやつだ。取り合えず学校を氷漬けにして……何を考えてるんだかな」
「おびきよせ、じゃないかと思います」
「ああそうだろうよ。どちらにしたかって、このまま放置はマズい。久々に……」

2人は、全てが氷結する前に間一髪学校を抜け出たようだ。

「おい、メイド」
「リリウスと呼んでください」
「犯人をぶっ飛ばしてこようか」
「もう少し上品な言葉は無いんですか」
「んなこと構ってたら、この仕事やっていけねえぞ? メイド」
「……もうメイドでいいです」
「あん?」

男は一瞬、彼女の言った言葉の意味が分からなかったが、そういえば3秒前にリリウスと呼べと言っていたことを思い出した。

特に男は気にも留めず、首を回し、肩をほぐすそぶりを見せた。

「朝までには決着をつけなければいけませんね。何も起こらなければいいのですけれど」

そう言って、リリウスはそっと呪文のような言葉を呟く。

「パーミル」

たちまち彼女の手に現れたのは、彼女が携える武器だった。そしてそれは、彼女のタイムトーキーであった。

彼女の背丈近くある、縦長で銅色の弓矢である。

――――――――――――

《ユウ……!》

僕が色んなことで頭がグルグルいっぱいになっている所に、パルスが僕を呼んだ。

「なに?」
パルスの声に危機感が募っている、僕の表情は自ずと真剣なものになった。

《ステラから……緊急のサインが入りました。ハレンの身に何かが……!》
「ハレンが?」

思えばハレンは……最近僕と話をしていない。
今日は7月20日。前話したのは1月近く前だった気がする。

「どこからの物なんだ?」「学校のようです……ネブラによる歪みは一切検知されていません」
「じゃあネブラの仕業じゃないってことか?」

僕はすぐさま立ち上がり、制服のポケットを探ってタイムトーキーを取り出した。

《恐らくは……しかし、ここに止まるわけには行きません》
「うん。それにしても一体どうしたっていうんだ……」

ネブラの気配は無くても、夜中に学校にいる時点で奇妙だ。少なくとも普通の状況ではない。

僕がこんなことを考えられるのも、何度か戦ってきて慣れてきたおかげだ。
いよいよ戦いと至っても、緊張はするが、恐怖はもう凌駕することが出来ていた。




「そうだ、清奈は……」




僕は隣の部屋に向かおうとするが、一瞬躊躇う。

清奈は……僕のことを、きっとまだ許していない。

でも今は危機的状況下にある。清奈も納得してくれるはず。
そう自らを信じさせて、すぐさま隣の部屋に向かった。

――――――――――――

フェルミが、ステラからの信号を取得した。
同時に浮かんだハレンの顔と、彼女が私に言った言葉の数々を思い出していた。

『うらやましいです、先輩。愛する人がいるだけでも』

……。

『これは、私だけの問題です』

……ハレンには前から気になる所があった。
しかし私は、別段意識はしていなかった。

まずは学校に向かわなくてはならない。

私は、予めブックマークしていた場所……体育倉庫内へ向かおうとフェルミに伝えようとした所で

あいつのことを、思い出す。




扉の方を向いた。
そこから現れる気配は無い。

しかし、私だけで向かうわけにも行かない事は分かっていた。
悠と共に行くべきなのだろう。
たとえ、悠との仲間の絆が朽ちていようとも。

私は……悠を仲間として見ることが出きるほど、心を許せていない。いや、私という存在が許そうとしない。

あの記憶が、悠を真に信じさせることを不能としている。

《貴様達、3人とも、バラバラだな》

フェルミが、同意せざるをえないセリフを放つ。

ハレンは私を、私は悠を避けているのだ。

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