†壱章/尚早†


[09]保


どうしてだろう。

中山さんとハグしてから意識が朦朧としてきた。

喉が息苦しさを感じ、上手く呼吸出来ない。

「どうかしたの?」

僕の異変に気付いたのか、中山さんが覗き込んだ。

これは、ゆっくりと首を締められているのか。

僕は何故かそう確信した。

もう駄目だ。

そう思った時、保健室の扉が開いた。

「紘慈!!」

聞き覚えのある声がした。

そして、その後すぐに、僕は飛んだ。

射場さんが回し蹴りしたのだ。

僕は薬品棚に激突した。

不思議と痛くはなかった。

意識が朦朧としている所為か、はたまた、誰かが助けてくれたのか。

「痛てて。」

僕はゆっくりと立ち上がる。

そして目の前に見えたのは、射場さんが中山さんの襟首を掴んでいる所だった。

「部外者を巻き込むたぁどういう了見だ?」

中山さんは脅えている。

いや、そもそも僕は関係者ではなかろうか?

「おい!!」

寺田が射場さんを必死で止めた。

僕も止めに行こうとしたら、後ろから誰かに引っ張られた。

そう言えば、僕は射場さんの回し蹴りにはぶつかっていない。

つまり、僕の後ろに誰か居る。

僕は背中から床に落ちた。

その音に三人が反応した。

片手で首を締められている気がする。

苦しい…。

「紘慈!!受け取れっ!!」

射場さんが右手の中指に付けている黒い指輪を僕に向かって投げた。

僕は必死で掴んで、射場さんと同じ様に右手の中指に嵌めた。

瞬間、僕の目の前に西山君の顔があった。

「うわぁああぁぁあ!!離せっ!!」

僕は苦しさ等は忘れ叫んでいた。

射場さんが中山さんの襟首を離して言う。

「絶対にソイツのこと離すなよ!!」

なんだと?!

あんまりじゃないか!!

僕はコイツの所為で死ぬかもしれないんだぞ!!

射場さんが僕の元へ来て、西山君の頭を踏みつけた。

危ない!!

もう少しでキスする所だった。

射場さんはポケットから真っ白い包帯の様なモノを取り出し、西山君の心臓近くに垂らした。

「悪祖縛り。」

射場さんの言葉を合図かの様に、白い布は西山君に巻きつき始め、完全に包み込むと、西山君は「ギッ!!」と言って消えてしまった。

射場さんは残った白い布を拾うと、またポケットにしまった。

「ん。」

射場さんが僕に手を差し伸べる。

僕はありがたく思いながらその手を借りて立ち上がった。

射場さんは僕の手を振り払って言った。

「違う。指輪、返せ。」

なんだ、そっちか。

せっかく見直した自分が馬鹿みたいだ。

僕は射場さんに指輪を返す。

指輪を受け取ると、射場さんは元通りに嵌め、中山さんの方に向かった。

寺田が中山さんの前を立ち塞いだ。

射場さんは寺田を押しのけることもなく言った。

「報酬は?」

「茶色の、紙袋の中です。」

「行くぞ、紘慈。」

「え?」

僕は二人のことを気にしたが、射場さんが先々行くので着いて行った。

はけ際に見えた二人の姿を見て、僕は自分の鈍感さを痛感した。

「寺田と軒澤って中山さんが好きだったのかぁ。」

「今更かよ。」

うっ。

僕は図星を突かれて何も言えなくなった。

暫く沈黙が続いたが、僕は気になることを訊いた。

「そう言えば、なんで射場さんは中山さんに怒ったんですか?」

射場さんは立ち止まり、誰も居ない教室に入っていった。

どうやらこのクラスは体育らしい。

射場さんは綺麗な机の上に座り、僕の方を向いた。

「呪いの対象をお前に向けようとしたからだ。」

「中山さんが!?」

射場さんはうんともすんとも言わず、黒板に何か描き始めた。

左に西山君、真ん中に中山さん、右に寺田、上に僕、下に射場さん自身を描いた。

それにしても、上手いな。

「今回の仕事は、呪いの類だ。

良いか、この仕事の依頼人、中山 理美は西山 結城に以前から恋心を持たれていた。

しかし、中山は寺田 由貴と両想いだった為、気持ちに応える事が出来なかった。

そこで、西山はおまじないないと称した呪いを行った。

幽体離脱での、中山の監視だ。

中山は多少霊感があった為、見えたのか俺にこの仕事を依頼した。

此処までで質問はねぇな?」

勝手に話を進めようとする射場さんを必死で僕は止めた。

「ちょ、ちょ、ちょっと!!」

「あぁ?」

射場さん特有の睨みを利かす。

僕は勇気を振り絞って言った。

「おまじないと称した呪いってなんですか?全然別物じゃないんですか?」

射場さんはそんなことも分からないのか、とでも言うかの様な目で僕を見て、舌打ちをした。

悪かったな、頭が悪くて。

「おまじないって言うのは根本的に自分を押し出せる様に、きっかけを作るものだ。

実際の効果だって期待出来ねぇ、が、呪いは別だ。

可愛さ余って憎さ百倍とも言うが、西山は好きな子と一緒に居れるおまじないをした。

それ自身が幽体離脱の方法だったってことだ。

つまり、相手を嫌がらせるもん全般的に呪いに分類されると思って良いな。」

うーん、答えになっていない様な、なっている様な。

それにしても、この関係図は分かりやすいな。

僕は再度納得した。

射場さんは勝手に話を進め始めたので僕は諦めた。

「ところが、中山は急がなければならない理由が出来た。」

「理由?」

「自分の愛する者の、死だ。

特に殺し方は不明だが、俺が放課後に祓うまでの半日は寺田にとって命取りだったんだろうな。

アイツの顔色、相当悪かったろ?

そこで、お前の登場だ。

西山の矛先を全く無関係な奴に向け、奴の注意を逸らし放課後まで延命させる。

まぁ、おかげで俺は早く仕事が終わったけどな。」

射場さんは雑にチョークを置いて両手の粉を払った。

僕は将来悪徳商法にとっ捕まるかもしれない。

射場さんの話は痛いほど頷けたからだ。

とか言うと、失礼な話だが。

「だから、お祓いしたんですね。」

僕がそう言うと、射場さんは窓の方を向いた。

「いや、魂を肉体に戻して、呪い返しをしただけだ。」

表情は見えない。

只、淡々と言葉は連なる。

「依頼人と同じ分だけ、自分も辛い目に遭うんだ。」

僕は射場さんの言葉を思い出した。

“悪の祖を縛る”か。

僕は何も言えなくなった。

射場さんはぽつりと独り言を言う。

「自分の幸せを保つ為なら、人間は手段を選ばねぇんだよな。」

その台詞を聞いた瞬間、僕は物悲しくて、動くことも、喋ることも、考えることも出来なかった。

只時間が過ぎるばかりで、何時の間にかチャイムが鳴っていた。

誰が戻ってきても危ないので、二人でその場を後にした。


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