†壱章/尚早†


[03]戯


顔から怒りが滲み出そうだ。

彼はニヤリと言うかなんと言うか、にひっと言うかなんと言うか、とにかく効果音の付けにくい笑い方をした。

さっきの演技を続けていれば可愛いものを…‥。

僕は悔しいながら何も出来ず、再度じろりと睨んでみる。

しかし、射場さんは最初の時の様な態度ではなく、笑ったままだ。

うーん、心情が読み取れないぞ。

「そう、怖い顔すんなよ。」

射場さんが口を開いた。

「無理です。」

嘘だ。

実際、僕はちょっと表情筋が緩みかけてる。

思ったよりも悪い人ではなかったから。

もしかすると、僕の第六感って奴が本能的にこの人はやばい人じゃないと察知して家に上げたのかも知れない。

だがまぁ、それはそれ、これはこれだ。

「なんで、あんな嘘吐いたんですか?」

「これから住むのに、変な理由じゃ無理だろ?」

…ちょっと、待て。

今コイツなんて言った?

住む?

これから?

「どういう、意味でしょうか?」

「その通りだろ。一家の大黒柱には許可は得てんだ。後はその妻が了承すればオールオッケで万々歳。」

また、この人は、笑えない冗談を。

「あのですねぇ、射場さん。僕の父さんは僕と違ってそりゃあ男らしい人だったんです。そんな人が12年も経ったのに、成仏しない筈ないじゃないですか。」

僕は出来るだけ丁寧に出来る限り嫌らしく言った。

射場さんは、頭に巻いていた血止め用のタオルを外しながら言った。

「紘慈の父さんは、どんな人だったよ?」

つんぼか、コイツ。

からかうのなら止めて欲しい。

僕は、あまり人を嫌いたくない。

それこそ、僕の父さんの教えだ。

「ですから、男らしくて思慮深い良い人でしたよ。」

「他は?」

駄目だ。

流石の僕も限界があった。

「何が言いたいんだよ!?」

沸点に達した水の様に、沸々と怒りが込み上げた。

何故だか分からない。

けれど、多分、僕は嫉妬していた。

僕より父さんの事を知っている風な口振りをする射場さんに腹をたてたんだと思う。

そんな気がした。

「本気にするなよ。俺が言いたかったのは、まだ子供なお前らを置いてって、心配しない親はそう居ないって事だ。」

僕は返事の代わりに絆創膏を渡した。

また血が滲み出ている。

でも、それより先に僕の心を捕らえたのは紛れもなく射場さんの言葉の“そう”だった。

「どーも。」

この人、ちゃんと影があるんだな。

僕みたいにふよふよ浮いたりなんか絶対しないタイプだ。

射場さんはおでこの傷口に絆創膏を貼った。

生え際に近いから濡れて取れてしまいそうだが。

射場さんは僕に隣に座る様指示した。

少しぎこちないが、30p程間隔を開けて僕は座った。

仕方ない、僕のベットは狭いのだ。

「安心しろ、長くは居ねぇよ。でも、俺にはやることがある。その為には此処が必要だ。紘慈手伝ってくれるか?」

「手伝うって?」

「大した事じゃねぇな。ほんの、戯れだ。」

答えに、なっていない気がするが、僕は承諾した。

なんだか、関わらなきゃいけない気がした。

「さんきゅー。じゃ、おやすみ。」

「ちょっと、そこ、僕のベットですよ!?」

「あぁ?文句あんのか?」

畜生!!

少し下手に出ると、こうなりやがって!!

文句ない訳ないだろ!!

しかし、僕も高校二年だ。

ここで口喧嘩する程子供じゃない。

ここはぐっと我慢した。

「分かりましたよ。」

しぶしぶ押し入れから敷き布団と掛け布団を取り出し引いた。

電気を消そうとすると、「消すな。」と言われ、ここも大人な僕は豆電一つだけ残してあげた。

「射場さんって何歳ですか?」

ふと過ぎった質問をする。

「12歳。」

「嘘吐け!!」

「正解。32歳。」

「え!?」

本当ならこれは大変だ。

なんせ、高校生で通用してるんだぞ。

「馬鹿、否定しろ。」

やはり、嘘か。

「本当は何歳ですか?」

「逆。」

逆?

あぁ、23か。

にしても若いな。

僕は少し感心した。

「あの、射場さんは、」

次の質問をしようとしたら、彼の寝息が聞こえた。

そう言えば、結構出血してたもんな。

そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にか僕も眠りについていた。

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