†壱章/尚早†


[02]訳


僕は風呂場の扉を開けた。

彼はまだシャワーを浴びている様だ。

「着替え、洗濯機の上に置いときますよ?」

「あぁ。」

彼の返事は普通だった。

傷が痛まないのかと要らぬ心配もしてみたが、よくよく考えればコイツは不法侵入者だ。

と言うことにしておかなければ。

少しぐらい痛い目をみるのが丁度良いのだ。

僕は何度も自分にそう言い聞かせた。

が、しかし、だ。

「あの、これからどうするんですか?」

気になるモノが気になるのが人間って奴だ。

「何が?」

シャワーを止め、何故か人の許可もなく体を洗っている。

「何が?って、急に押し掛けられたのに貴方を家になんか泊められませんよ。」

「貴方じゃなくて、射場な。」

なんだ、泊まるつもりはないのか。

僕は少し安心した。

親にはちょっと怪我して困ったやんちゃな青年を広い心で迎えたと言ってやれば良い。

そしたら僕の株も上がるってもんだ。

言い訳が出来た事により、僕は少し余裕が出来た。

その所為で少し浮かれたのかも知れない。

「射場さんは、なんで怪我してたんですか?」

「知りてぇか?」

だから、注意力散漫と言う奴か。

「はい。」

関わりたくないタイプNo.1と関わっていく羽目になるのだ。

「幽霊って信じる?」

この時は顔に似合わずファンタジーな人だなぁ、とか意味不明な事を考えていた。

「さぁ、僕にはあんまり…。」

「そっか。実は俺、そっち関係の仕事してんだわ。」

「へぇ〜。」

「その仕事中、危うく引っ張られてさ。」

「危ないですね。」

「紘慈の親父が助けてくれたんだよ。」

ん?

「なんの冗談を。」

「いや、真面目に。」

「え、だって、父さんは」

だって、

父さんは、

突然、風呂の扉が開いた。

「だから、言ってるだろ?そっちの仕事してるって。」

僕はこの瞬間、自分の心臓が自分以上に活発であることを知った。

まるで別の生物かの様に速く波打っている。

金髪の髪から滴る水がスローモーションだった。

「‥…嘘だ。」

「馬ぁ鹿。誰が嘘吐くんだよ。」

「だって父さんは、もう!!」

「死んでるな。バイク事故か?」

「!?」

「本名 磐田 利樹(イワタ トシキ)か。へぇ、婿養子だったんだな。」

絶句ってこんな時にも使えるんだろうか?

唖然の方が正しいのか?

とにかく僕はタオルいっちょの青年をもとい射場さんを見つめたまま言葉が出なかった。

きっとそれは異常な光景だったに違いない。

僕の父さんは、子供好きのバイク好きだった。

バイクが好きだと言う理由で白バイに乗っていた人だ。

僕以上に変わり者で温かい人だった。

僕もよくバイクに乗せて貰ったのを覚えている。

けれど、僕が5歳、妹が2歳の時、彼は他界した。

29歳だった。

当時27だった母さんは再婚もせず、女手一つで僕らを育ててくれたのだ。

あれから12年も経つのに、まだ父さんは成仏してないとコイツは言いたいのか?

冗談じゃない。

僕の父さんは其処まで未練たらたらではない筈だ。

でたらめだ。

服を着ながら彼は言った。

「いつも線香ありがとうってさ。」

止めてくれ。

父さんはそんな人じゃない。

少なくとも、僕の中の父さんはもっと男らしくて、良い意味でさばさばしていた。

だから、同姓同名の間違いだ。

玄関が開く音がした。

「ただいま。」

母さんが帰って来た。

僕は逃げるようにリビングへと走って行った。

「何?慌てて。」

どうしよう、なんて言えば良いのか分からない。

僕が手こずっていると、後ろから射場さんが出て来てしまった。

もう駄目だ。

僕は、頭のイカレた変人を家に上げた事を後悔した。

全力で母さんに懺悔しよう、それしかない。

そんな僕の気持ちに気がついたのか、射場さんが母さんに頭を下げた。

「初めまして。紘慈君の友達の射場 行久(イバ ユキヒサ)です。」

は?

「今日は上級生に絡まれた所を丁度、紘慈君に助けてもらい、先程お風呂を貸して頂きました。少しお部屋を汚してしまったかも知れません。」

いや、ちょっと、射場さん?

「それはそうと、大丈夫?」

このままじゃ駄目だ。

そう悟った僕はすかさず口を挟んだ。

「傷は大した事ないよな?」

「あぁ。でも、…‥実は、凄く言い辛いんですが、俺、一人暮らしで、もしかしたらまた先輩達が押し掛けてくるかもしれないんです。今回は紘慈君のおかげで助かったんですけど、次はどうなるか…‥。」

こらぁ!!

何ほざいてんだコイツ!!

「それは困ったね。」

「はい。でも、これ以上迷惑も掛けれませんし。」

なんだか、嫌な方向に進んでいる気がする。

「水臭いこと言わなくて良いよ。騒ぎが収まるまで泊まっていきな。」

やっぱり。

なんでのっちゃうんだよ、母さん。

そして、

なんで反論出来ないんだよ。

僕はますます自分を呪った。

「ありがとうございます!!」

深々と頭を下げる射場さんを見て、演技派だなぁ、とぽつりと思った。

こうなってしまっては仕方ない。

今日は諦めよう。

そして明日こそ帰ってもらおう。

僕は心の中で握り拳を作り、射場さんと一緒に部屋に戻った。

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