†壱章/尚早†
[13]怨
真っ白なカーテンが気持ちよさそうに翻る。
まるで、女の子のワンピースのスカートみたいだ。
念を押しておくが、決してコレは卑猥な意味ではないぞ。
あくまでも僕はカーテンの状態を表現しただけだ。
まぁ、そんな事はどうでも良い。
僕はたった今、もんの凄くめんどくさい状況に置かれている。
どうしてこの人と関わるとこーゆー事になるんだろう。
「ねぇ、射場さん!!」
「はぁ?なんだ急に…。」
いや、そう言いたいのは僕だ!!
さっきから、殺気立った(洒落ではない)女が射場さんのことをもの凄く凄まじい形相で睨んでいるのだ。
ただ事じゃないぞ、こればっかりは!!
「急じゃないでしょ!!この部屋に戻ってきてずっとですよ?!」
射場さんは意味不明とでも言うような顔をしていた。
「だから、なんの事だ?」
「さっきから、其処にいる女の人の事ですよ!!」
突然女の人の首が、パンッと僕の方を向いた。
ヒィッ!!
女の人はニタニタと笑っている。
まるで、『私が見えてるのね?』とでも言うかのような…。
やめろ、やめてくれ、僕を見ないでくれ!!
射場さんはそんな僕を見て、きょとんとしている。
なんでそんな顔して居られるんだ!?
まるで、僕にしか見えてないみたいじゃないか!!
僕は半泣きで射場さんに助けを求めた。
「い、射場さぁん…。」
射場さんはまだきょとんとしている。
いい加減悪い冗談はよしてくれ!!
すると、射場さんはとんでもない事を言った。
「居るのか、幽霊。」
「は?」
おっと、いくらなんでも、冗談キツいぜ?
この僕が、つい口に出して「は?」って言っちゃったじゃないか。
全く、怒っちゃうぞ?
そんな僕の浮き立つ青筋を無視して、射場さんがすっとんひょうな質問を投げかける。
「『は?』じゃなくて、居るのか?」
僕は限界だった。
「居るでしょ!!さっきからずっと居たでしょ?!なんで僕に見えて、射場さんに見えない訳ないじゃないですか!!早くお祓いして下さいよ!!」
僕は必死に射場さんの病院服を持ってがくがくと前後に揺らした。
気のせいか、空気がしんみりした感じがした。
「行久様ぁ、お見舞いに参りましたぁっ!!」
でかい声とでかい扉の開閉音と共にやって来たのは伶羅だ。
伶羅は、僕と射場さんの姿を見て、硬直していた。
そして、必ずどこかで見たことがある『花束を落とす』と言う動作をした後、捨て台詞を吐いて出て行った。
「やっぱり、そうだったんだ…。兄貴の、兄貴の…幸せ者ぉっ!!」
なんだ、その捨て台詞。
つーか、ここは病院だぞ?
もっと静かにするべきだ。
他人のことは言えないが…。
射場さんが、大きな溜め息を一つ吐いた。
「おい、何時までこの格好にさせとく気だ?」
え?
僕が、射場さんの方を向き直ると、端から見れば射場さんを脱がせている様にも捉えられる。
まさか…。
気がつくと射場さんの足の裏が、目の前にあった。
「何時まで、見てんだ。」
と言う言葉を合図に吹っ飛ばされた。
うぅ、痛てて。
此処が個室で良かったと心底思った。
僕は立ち上がり、妹が落とした花束を持って射場さんの元に戻った。
またこれで僕のホモゲージが上がったんだ。
今に始まった事じゃないけど。
今すぐにでも、泣き出したい。
射場さんは仏頂面で扉を見た。
今度はなんだよ?
「さっきから、あそこでコソコソしてる奴をつまみ出せ。」
え?
僕が振り返ると、其処には伶羅が居た。
僕は誤解を解くために、必死で伶羅を捕まえた。
「兄貴、ごめんっ!!どうしても気になって!!実は兄貴が上だったんだな…。そーゆーのもありかも知れない。」
「待て!!違うぞ!!断じて僕はホモじゃない!!」
瞬間、誰かに肩を叩かれた。
僕が恐る恐る振り返ると、にっこりと笑った婦長さんが居た。
痛い、痛い、痛い。
そこまで肩に置いてる手に力を込めなくったって。
僕は叱られるために、少しぐらいは叫んでも良いナースステーションの方に連れて行かれた。
伶羅は、それをニタニタ笑いながら見送ってくれた。
畜生、後で覚えてろよ?
ナースステーションに着くと、僕はネチネチと嫌らしく注意を受けた。
分かってるよ、それぐらい。
と、言いたい所だが、とにかくこの人の神経を逆立ててはいけないと、必死に堪えた。
小言を聞き終え、ナースステーションから出て行こうとすると、若い看護師さんが噂話をしていた。
要約すると、何でも数年前に男性の患者さんに恋をした看護師さん(当時は看護婦さんのみ)がいて、何でもその人は難病だったらしい。
彼女はどうしても、彼に治って欲しかったらしく、入院費なども負担し、医者にも頼み込んで、やっと彼の手術が決定したらしい。
ところが、手術が成功し、退院した途端、彼の態度は急変し、音信不通となった。
彼女は、退院してくれて元気になった証拠だと喜んだ反面、どこかで、手術が失敗していれば良かったのに、と思ったらしい。
すると、彼女の願いが叶ったのか彼はまた入院した。
が、彼は彼女に振り向きもせず、新しい新人のナースにばかり目がくれていたらしい。
彼女は、彼に不幸が訪れる事を望んだが、なんなくあっさり退院した。
病院にも、彼にも裏切りを感じた彼女は怨念だけを残し、この病院の屋上から自ら命を絶ったらしい。
そこまで聞いて、僕は身震いした。
もしかして、あの女の人はその看護婦なんじゃなかろうか?
だとしたら、とんでもない悪霊な気がする。
婦長さんがやって来て、噂話をしている看護師さんを叱咤した。
僕も射場さんに話さなければと、その場を後にした。
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