†壱章/尚早†


[12]謝


昨日射場さんは病院に行ってから一言も喋らなかった。

理由は聞ける雰囲気じゃなかった。

幸い今日は休日だ。

僕は射場さんの着替えを取ってくるのと風呂に入るために、ばあちゃんと一緒に家に帰った。

その時も、射場さんは何も言わなかった。

なんだか、不思議な感じがした。

射場さんがあまり喋らなかったって言うのもあるけど、射場さんの事を全然知らない癖に、そんな風に考えた僕自身にそう思った。

案外、知ったか振りするタイプなのかも知れないなぁ…。

そんな事を考えながら帰路につくと、もっと不思議な事態が起こっていた。

タクシーから降りて、ばあちゃんが金を払い、僕が家の扉を開ける。

「ただいまー。」

「「「おかえりー。」」」

嗚呼、やっぱり我が家は良いなぁ、とか言うと思うなよ!!

一人多いぞ?

しかも、男だ。

御生憎様。

現在の僕の家族で男は僕だけですが?

射場さんは入院してるし、僕の居ない間に何があったのだ。

僕は靴を脱ぎ捨て、リビングに向かった。

そして、驚きの光景を見る事になる。

食卓には、母さんと伶羅とじいちゃんの若いバージョンが座っていた。

おいおい、昨日今生の別れを交わしたばかりだぜ?

僕の涙の理由が嘘みたいじゃないか。

あの感動はどこに行ったのやら…。

遅れてやって来たばあちゃんも、自分の目を疑った様だ。

ばあちゃんは震えていた。

「…じいちゃん?」

「え?」

母さんはとってもにこにこしていた。

男の人は驚いている。

「お母さんも吃驚するよね、ほら、言ったでしょ?あたしの父親にそっくりだって。」

「はぁ。あ、申し遅れました。私、常磐津 和毅(トキワヅ トモキ)と申します。暫く泊めて頂く事になりました。以後お見知り置きを。」

で、でかい…。

190は絶対ありそうな勢いだ。

じゃなくて、またこのパターンかよ!!

今度は何で泊まるんだ!?

僕のストレスゲージが上がった気がした。

ばあちゃんは放心状態で常磐津さんを見つめていた。

僕が肘でつついても無反応だ。

仕方なく、僕は伶羅に理由を訊いた。

「兄貴の部屋の窓が割れてるのを教えてくれて、知り合いの業者に頼んでくれてタダしにたついでに、宿に困ってるから助けてくれって言われたから。」

お人好しにも限度ってモノがあるんだぜ、母さん。

こんな調子じゃ、その内この家は民宿になっちまうぞ。

僕は困ったが、仕方ない。

今の家主は母さんだ。

僕はお辞儀だけして射場さんの着替えの準備をしに、上に行った。

結局、その後もばあちゃんは放心していた。

確かに似ているが、身長も常磐津さんが遥かに高いし、反応が大袈裟な気がする。

もしかして、昨日あまり寝れてなくて、現状を把握出来なかったのだろうか?

僕は自分の下着も用意して、風呂場に直行した。

少し熱めのシャワーを浴びる。

湯気が全身を包むのが気持ちいい。

一日風呂に入らないと結構むず痒いものだ。

僕は頭も体も丁寧に洗った。

風呂から上がり、楽な格好に着替え、母さんにもう一度病院に行くことを伝え、僕は家から出て行った。

母さんはカルボナーラを食べていけ、としつこかったが、あんまり常磐津さんと一緒に居たくなかったので、適当に理由付けた。

だって、余りにも気まずいじゃないか。

じいちゃんの生き写しなんて。

病院に着き、射場さんの病室に行くと誰も居なかった。

僕はベットの上に荷物を置いて、なんとなく屋上に向かった。

「あ、居た。」

射場さんは僕に気付くと片手を挙げた。

手には煙草を持っていた。

へぇ、あんな顔して煙草なんか吸うんだな。

人は見かけによらないとはまさにこの事。

「院内は禁煙なんですよ。」

僕は隣に来て言った。

射場さんは、僕から顔を背けて吸った。

そんな事をしたって、隠れては居ないんだぞ。

僕は溜め息を吐いた。

「悪いな、じいちゃんを、その…。」

「えっ?」

唐突な謝罪に、僕は戸惑った。

まさか、昨日からその事だけを考えていたのか?

だから、口数が少なかったのか?

可愛い所もあるんじゃないか。

「どうして謝るんですか。」

僕は謝る必要はないぞ、と言った意味合いで言ったつもりだったが、どうやら意味をはき違えたらしい。

射場さんは、理由を語り出した。

「実はアイツ、俺が除霊し損ねた霊なんだ。最初会った時に除霊してたのもアイツだよ。」

「じゃあ、あの怪我も?」

「恥ずかしながら、な。」

射場さんは手すりに煙草を押し付けて消した。

火が消えても、暫く射場さんは煙草を押し付け続けていた。

僕は頭をかいた。

こーゆー時、僕はなんて言えば良いのか分からない。

恥ずかしくないですよ、なんておこがましくてとてもじゃない。

僕はなんとか話題を変えようと、家にやって来た常磐津さんの話をした。

「アイツ、来ちまったのか。」

「知り合いなんですか?」

「まぁな。」

射場さんは、煙草の箱をポケットに詰め込んだ。

「紘慈、アイツの見えないロープは典型的だぜ?」

射場さんは嫌味っぽく笑って言った。

全く、さっきの可愛らしさは何処に行ったんだ?

そもそも、見えないロープの存在が不明だ。

僕は適当に相槌を打っておいた。

「あ、そう言えば、着替えベットの上に置いときましたよ。」

「おう、サンキュー。」

感謝くらい笑顔でしろよ。

そう思ったものの、やはり言うのは怖いので止めておいた。

つーか、全身打撲の癖に、いや、打ち身だったかも知れないけど、痛くないのだろうか?

そんな心配をしながら、この怪我人らしくない奴と、二人で病室に戻っていった。

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