†壱章/尚早†


[10]友


教室に戻ると、寺田も中山さんも戻っていた。

良かった、と胸を撫で下ろす間もなく僕と射場さんは先生に呼ばれた。

僕達は渋々着いていった。

「で、なんの悪ふざけだ?これは。」

やっぱり。

そりゃあ、バレるよなぁ…。

なんたってこの身長、この顔、この態度、どこをどうとっても似つかないんだ。

生徒と偽った不法侵入者とそれを手助けた僕が怒られるだけならどんなに良いことか。

頼むから母さんにだけはバレたくない。

「一時間も授業をサボって良いと思ってるのか?」

え?

「二人共、何か言うことがあるだろう?」

先生は正気か?

射場さんが頭を下げた。

僕もつられて慌てて下げる。

「「すいませんでした。」」

先生はうんうんと頷くと言った。

「西山に用があるから、大今は先に帰ってなさい。」

「あ、はい。」

僕は頭を下げて教室に戻る。

そう言えば、数学の先生ってあんな声だっけ?

その頃、射場さんはくっくと喉を鳴らしていた。

「なんの茶番劇だ?常磐津。」

ビリビリと音を発てながら化けの皮が剥がれていく。

「暇だから、遊びに来てやったんだよ。行久。」

「フン。」

−−−−−僕は寺田と一緒に非常階段に座っていた。

寺田は肩身が狭そうにしていた。

「理美から聞いたよ。ゴメンな。こんな事だとは知らなくて。」

「なんで謝るんだよ。顔上げろって。」

寺田は立ち上がり、少し階段を降りた。

僕は只それを見つめていた。

桜の花は殆ど散っているのに、何処からか花びらが一片降ってきた。

春の忘れモノだな。

僕は一人、そんな乙女思考を走らせていた。

「俺が軒澤とライバルだって言うのは話してただろ?」

急に話題を振られ我に還る。

「あ、あぁ、去年二人から…。」

「俺、抜け駆けしちゃってさ。昨日言ったんだ。でも、まだ返事出来ないって言われて、まさか、こんな事だとは思わなくてさ。」

どうしたんだろう。

なんだか寺田らしくないな。

「僕に、なんて言って欲しいんだよ?僕が言うことが、お前の望んでる事じゃないかも知れないんだぞ?」

言っちゃったよ。

ほんと、お節介な奴だなぁ…我ながら。

寺田は振り返って僕を見た。

迷子の子供みたいな顔をして。

「僕の知ってる寺田 由貴は、周りの言葉に影響される様な奴じゃないな。」

寺田はこれでもかってぐらい嬉しそうな顔をした。

「ありがとな、紘慈。」

僕は軽く笑った。

花びらが飛んでいく。

良かった、もう忘れモノはないみたいだ。

教室に戻ると、また射場さんの周りに人集りが出来ていた。

「やっぱりねぇ、絶対西山君じゃないと思ってたの!!」

は?

どうしてそれを女子の口から聞くことになるんだ!?

射場さんが僕等の方を向いた。

「よぉ、紘慈。」

「あの、なんで、そんな…。」

射場さんはまた、効果音の付けにくい笑い方をして言った。

「仕事は、もう済んだからな?」

コイツ…

やっぱり最悪だ。

女子の一人が僕に話しかけてきた。

「凄いね、大今君の友達!!」

別に友達と言うわけでもないが、僕は適当に相槌を打った。

「だってスペイン語ペラペラだよ!?」

スペイン語?

僕は出会ってからそんなの一度も聞いてないぞ?

僕はばぁちゃんの言葉を思い出した。

そう言えば、ハーフとか言ってた様な。

本人じゃないけど。

途端射場さんはニヤリとして僕の方を向いて言った。

「pendejode mierda.」

な、なんて言ったんだ、コイツ。

なんだかよく分からないけど、女子はキャーキャー言ってる。

「なんて、言ったんですか?」

恐る恐る僕が問うと、射場さんは作り過ぎた微笑みを浮かべて言った。

「持つべきものは友人だって言ったんだ。」

嘘を吐け。

そんな顔しやがって、僕は騙されないぞ。

女子は相変わらず叫んでいるが、こんなのの何処が良いんだろう。

それにしても、スペイン語が話せると言う事は、やはりハーフなのだろうか。

やっぱり射場さんには謎が多すぎる。

僕が黙っていると、寺田が肘でつついて来た。

「返事が恥ずかしいのは分かるけど、返事してやれよ。」

女子はクスクスと笑っている。

「ちっがーう!!」

と全否定するものの、僕の頬は羞恥のあまり紅潮する。

てんで説得力に欠けている。

畜生、いつかこの屈辱を晴らしてやるぞ。

そう心では誓ったものの、僕は誤解を解けないまま、1日を過ごす羽目になったのだった。

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