†番外編†


[01]パパさんの話


相聞…恋の短歌。

挽歌…死んだ人へ贈る短歌。

僕がその意味を知ったのは高校の古典の授業。

でも、

そのずっと前に知っていた気がするのは何故だろう…?





  ************





「利樹!!また変なもん買って来たなぁっ!?」

「ゴメン、叶恵。」

利樹は、熱しやすく冷めやすいタイプの癖に、すぐ趣味に金を注ぎ込む男だった。

「おとーさん、おかえりー。」

「ただいまぁ。」

二児の父親になると言うのに、そーゆー所は幼少期から変わらなかった。

唯一、飽きていないモノと言えばバイクと子守りぐらいである。

「で、今度は何買ったの?」

利樹は叶恵を怒らせない様に、そっと本屋の袋を差し出した。

おおざっぱに袋を開けて、出てきたモノは…

「短歌集?」

珍品だった。

「呆れた。なんでこんなモノ。」

利樹は顔を赤らめながらも堂々と言った。

「お前に、贈ってみたかったんだ、そーゆーの!!」

いつになく真剣なので笑わざるを得ない。

「何よそれ、不明。」

ずっと笑い続ける叶恵を利樹はそっと抱き締めた。

叶恵は自分の胸に埋める頭をよしよしと撫でる。

「変か?」

恥ずかしそうに利樹は訊いた。

「変だよ。その格好で本屋入ったんでしょう?」

利樹は耳まで真っ赤にしていた。

確かに、白バイ警官が短歌集を本屋で買うのは異常である。

「まさか、ヘルメットまで着けて行った?」

「まさか!!」

利樹は漸く叶恵の表情を見て遊ばれている事に気付く。

「おとーさん、まっかー。」

その上、息子からの追い討ち。

利樹は取り敢えず玄関から、リビングへと向かった。

ソファーにどっかと座り、早速短歌集を開く。

叶恵は料理の仕上げをする為に、キッチンへ向かう。

「なぁ、高校の教科書、何処だっけ?」

利樹はキッチンの方を向いて言った。

叶恵は振り向きもせず、手も止めず、「本棚でしょ。」とだけ言った。

暫くして、叶恵がメインディッシュの鮭のポッシェをリビングまで持って行くと、酷い有り様になっていた。

机の上は例の短歌集だけでなく、筆記用具、紙、高校の教科書、ノート、更には資料集まで、ありとあらゆるモノが置かれていた。

「熱心なのは良いんだけど、ご飯冷めちゃうよ?」

「あー、ゴメン!!」

利樹は急いで片付ける。

息子の紘慈も紘慈なりに手伝った。

「ありがとう、紘慈。助かったよ。」

利樹は紘慈の頭を撫でた。

片付いた机の上にポッシェを置くと、叶恵はエプロンを外し、リビングを出ようとした。

「何処行くんだ?」

「伶羅のとこ。ちょっと熱っぽいから。」

利樹はその後ろ姿を見送ると安堵を吐いた。

「良かったぁ。バレてないな。」

「うん。」

こっそりと先程の紙を抜き出し、また何やら書き始めた。

「おとーさん、おさかなたべないの?」

「もちろん、食べるよ?でも、男は思い立ったからにはすぐ行動だ。母さんの分が書けたら紘慈にもあげるからなー。」

「わぁい♪」

扉が開いた。

「何してるの?」

咄嗟に背に隠してしまう利樹。

そして直ぐに取られてしまう。

その上音読される。

「くさまくら?二人出会ったこの奇跡奇跡と呼ばずなんと呼ぶのか?…って何コレ?」

叶恵は笑いを滲ませた声で言った。

「返せよ!!それ失敗作だから!!」

利樹は必死になって奪い返す。

が、あっさり奪い返される。

「大体、くさまくらって旅の枕詞でしょ?」

「でも、なんかノートにはむすぶって書いてあったんだよ。〜〜〜とにかく返せよ。書き直すから。」

利樹は降参した様に手を出した。

「駄目。返してあげない。」

叶恵は心なしか嬉しそうに言った。

利樹はがっくりと首を落とした。

諦めたのか、漸くポッシェに手を付ける。

「返歌、明日でも良い?」

「え?」

「だって、利樹飽きるの早いから今の内に貰っとかないといけないでしょう?」

利樹は目を輝かせながら頷いた。

「おとーさん、ぼくのはー?」

紘慈はしゅんとした表情で訊く。

利樹は笑いながら「明日な。」と言って息子の頭を撫でた。





  ************





そして、それが僕の見た最後の父さんだった。

父さんは母さんから返歌を受け取る事もなく、僕に短歌を渡してくれる事もなく、死んだ。

白バイでスピード違反をしていないか見回りをしている時、信号を無視して飛び出してきた子供を避けた拍子に街頭に激突。

当時最強だと思っていた父さんはあっけなく即死だった。

5歳の僕にそんな事が分かる筈もなく、伶羅なんかもってのほかで、母さんは葬式の間、ずっと僕を抱き締めていた。

そうか、葬式の時に母さんが耳元で言ったんだ。

『どうしてあなたに挽歌を贈らなきゃいけないの?』

って。

だから、僕はその意味を先に調べてたんだ。

「紘慈ー、帰ろうぜー。」

「おぉ。」

桜の花が舞う。

そう、これは、射場さんと俺が出会うちょっと前の話。

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