ガイア
[19]真実
グレイスを包んだ光が収まり、グレイスはゆっくりと口を開いた。
「なんだ…これ…」
しばらくグレイスはヘルメスの前に、呆然と立ち尽くしていた。
「冷めてしまったな。もう一杯どうかね?」
ハインリヒの言葉に、グレイスは我に返る。
「―質問があります。」
グレイスはハインリヒに向き返り言った。
「僕たちの歴史では、地球脱出は250年前のはずです。それがどうして…」
グレイスの質問に答えたのはライアックだった。
「以前君がシェルターに避難した時、急激な眠気に襲われ気を失ったことはなかったかい?」
「…あります。」
「あれはね、ガイアの判断による強制コールドスリープによるものでね。エスポワールに万一の災害が起こった際のパニックの防止と、市民の延命措置の為の機能だ。」
グレイスは黙って、ライアックの話を聞いていた。
「例えば、エスポワールに隕石が衝突し、居住区に被害がでたとしよう。無論その前に避難命令がだされ、市民はシェルターに避難する。だが、船の修理には長い時間を要する。その間、ずっとシェルターに押し込められれば誰でも不安になる。しかも修理もいつ終わるか解らない。その間の市民のパニックを抑えるため、そして水や酸素、食料等の消費を抑える為の措置なのだよ。そして、」
「騒ぎが治まったころ、エスポワールは何事もなかったかの様に日常に戻る、と?そして、エスポワール市民は1000年を250年と誤認していた。」
ライアックの言葉を遮り、グレイスが結論付けた。そして、ライアックが応える。
「やはり君は賢い。その通りだよ。宇宙に上がり、暦の概念を捨てた君たちには、時間や数字の羅列などほとんど必要の無いものだからね。その証拠に、君たちは何も疑わずにこれまで暮らしてこれた。―他に質問は無いかね?なんなら、戦争やわたしの事についてもっと詳しくお話ししようか?」
「―結構です。あなた方にとって不利益な情報を教えてもらったんです。その情報が虚偽とは思えません。」
突然、「はははははっ」と大声でハインリヒが笑った。
「ライアックの言うとおり、確かに君は賢い。ははははは。」
一体何が面白いのかグレイスにはさっぱり解らなかった。グレイスがもう一度口を開く。
「なぜ、この情報を僕に?」
ライアックとハインリヒは暫く答えなかった。数秒の沈黙の後、ライアックが口を開いた。
「何度も言うが、君はヒューマノイドの中でも群を抜いて出来が良い。その能力を埋もれさせるには我々にとっても利益が無い。だから―」
「ちょっち待ってください!」
グレイスが大声を出してライアックを制止した。
「ヒューマノイド?僕が?」
唖然とするグレイスを前に、ライアックとハインリヒが顔を見合わせる。そして、ライアックが口を開いた。
「肝心な事を伝えていなかったね。そう、君が―いや、私と一部の人間以外のエスポワール市民の全てが、ヒューマノイドという存在なのだよ。」
「どういう事ですか…?」
グレイスは恐る恐る話の先を促す。
「君たちの始祖が宇宙へ上って暫く、エスポワールにある奇病が流行ってね。薬も手術も一切効果を成さなかった。その奇病の為に多くの人間が死に、エスポワールの人口は徐々に減っていった。やがて人類は、その奇病に対抗しうる存在を自ら創り出す事にした。その結果生まれたのが、君たちヒューマノイドなのだよ。」
「そんな…」
「そしてヒューマノイドではないわたしたち純粋種は、ヒューマノイドの能力を有効に使い、繁栄を築く。それが、真の1000年計画なのだよ。」
ライアックは不敵に笑いながら続ける。
「そう。いわば君たちヒューマノイドは、我々純粋種の僕なのだよ。だがサタニー君。君は違う。わたしたちは君の能力を高く評価している。君には他の同胞を退け、彼らを支配する資格がある。我々と同等の資格がね。どうだろう?我々と君の力で、新たな世界を築いてみないかい?」
再びの沈黙。
暫くして、グレイスは重たく口を開いた。
「あなたは…あなたもクローンなのでしょう?」
「クローンとヒューマノイドは違うものさ。わたしはフランシェルズの意思を継ぐ者。君たちは、ただ奇病に対抗するために創り出された人類の家畜でしかない。」
ライアックは悪びれる様子もなく、そう言い放った。
「そういう考えが…戦争を生むんです!」
グレイスがライアックを睨みつける。だが、ライアックは気にも留めず言葉を重ねる。
「それは違う。力無き者がその領分をわきまえず、力を欲するから戦争になる。君たちヒューマノイドが我々純粋種によって統制されれば、永遠の平和は約束されよう。」
「そんなわけないっ!現に今まで、あなたの言う純粋種による統制が無くても、僕たちは平和に暮らしてこれた!」
グレイスは声を荒らげる。だが、ライアックも怯まず続ける。
「それは小さな方舟の中での話だ。いざ地球に降り立てば、やがて貧富の差も生まれ、欲に駆られ力を欲する者も出てくる。その時に争いを避けるべく、我々純粋種による統制が必要なのだよ。」
「エスポワールの中でなら争いは起きない。僕らは宇宙へ戻ります。」
「それは君個人の意見であり総意ではない。」
「自ら支配されることを望む人は居ません。僕はエスポワールへ帰り、この事実を伝えます。」
そう言ってグレイスが振り向いた時、今まで黙っていたハインリヒが口を開いた。
「真実を知った以上、すんなり帰ってもらう事は出来んのだよ。」
パン。
乾いた音が、薄暗い部屋に響いた。
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