第39章


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 迫る境界、広がる光。突き出した掌から伸びる紫電が境界面を覆う空間の層を鋭い鉤爪の如く引き裂き、
尚一層強く吹き上がる風と共に俺は飛び出した。
「アブソル!アルセウス!我が友よ!」
 最早我が前を阻むもの無し。全身全霊の叫びは吹き荒ぶ風の音すら凌駕し押し退ける。
上空の光がびくりとして動きを止めた。そして油の切れたブリキ人形のように、親に縋る幼子のように、ゆっくりとぎこちなくこちらを見下ろす。
「そうだ、こっちを見よ!俺は生きている!」
 顔から涙のような粒子を滴らせながら、何か大切なことを思い出したげに首を傾げるアルセウスの形をした光に、アブソルに俺は見せ付けるように堂々と胸を張って更に声を張り上げた。
「死神の毒気を以ってしても、帝王の血を絶やせはしなかった!我が魂は不滅、もう二度と決してお前を独りになどしない!例え逃れえぬ天命尽きる時が来ようとも、我が魂、誇りある血を受け継ぐ者達がお前を見守り続けるだろう。
……だから下りて来い!帰ろう、俺と共に!」
 俺は両手を広げて構える。不器用な俺に出来る精一杯の言葉。まだあいつほど巧くはやれない。それでも、全力でぶつけた。
受け継いだ魂、稲光の如く気高く輝く精神から紡ぎだされるものを。
 アブソルを包む光に、ぴしぴしと亀裂が入っていく。流れ伝う二筋の冷たい煌きはもう止んでいた。
俺は崩れ行く光に駆け出し、思い切り地を蹴る。領域の垣根を超えて成長した大樹が手を広げるように枝を伸ばした。
同時、卵の殻を破るように光は脱ぎ捨てられ、中から白い姿が飛び出す。俺はしっかりと宙でその姿を受け止め、一緒に枝と葉のクッションの上に着地した。
「ピカチュウ、ピカチュウ――!」
 飛びつかれるように前足に抱き寄せられ、ぼふん、と俺は厚い毛並みにうずまる。身を捩って白い毛の海から頭を上げると、赤い瞳に涙を一杯に溜めた黒い顔が迎えた。
 温かな雫をぽたぽたと顔に受けながら、俺はアブソルの首の辺りをぽんぽんと優しく宥め叩く。自然と口元が柔らかに綻ぶのを感じた。




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