第二章
[04]刺客A
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
鳥のさえずりが聞こえる。
ああ、あれはジュセフ様が可愛がっていた鈴鳥(りんちょう)。
小さい頃、陛下から誕生日に贈られた嘴の赤い尾の長い鳥。鈴を振ったような声。
でも、籠の中は可哀想だからと陛下に内緒で逃がしてしまわれた。
それなのに、外を自由に飛び回っている鈴鳥は、必ず毎日ジュセフ様の元へ帰って来る。
ふわりと肩に舞い降りる白い鳥。体をジュセフ様の頬に擦り付けると、いつも
「甘えんぼうだな」
と言って愛しそうに撫でられる。
・・・・・・自分は、いつもその光景が見られるものだと思っていた。
式典の中止が伝えられる一方、大衆の目の届かないところで警備兵に捕らえられたジュセフ様。
有無を言わさず連行される礼服の背中を、必死に追いかけた。
なのに他の警備兵に阻まれ、抑え込まれて、自分は追いつくことができなかった。
式典用の特別な絨毯が敷かれた床に叩き付けられても、抵抗した。
諦めるなんて出来なかった。
両側を警備兵に固められ、罪人でもないのに手錠を掛けられたジュセフ様は、謁見の間を出るときほんの少しだけ振り向かれた。
目が合うと、困ったように肩を竦め・・・・・・・・いつもの笑顔を浮かべられた。
「大丈夫だ」、そう口元が動いた。
俺はあの方を守れなかった。
陛下よりも忠誠を誓う主君、ジュセフ・ジェファーナ=ヴァン=エナル殿下。
俺の命を捧げる人。
ジュセフ様がいなくなって、あの鈴鳥はどうしているのだろう・・・・・・・・。
「ん・・・・・・・」
瞼に光があたる。
「朝か・・・・・・」
薄く開いた瞼の隙間から陽光が入り込み、眩しさに思わず目を瞑る。
「・・・・まぶし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
しかし、一瞬後にはカッと目を見開き、飛び起きた。
「なっ、朝!?」
サイクレスが辺りを見回すと、そこは夕べ辿り着いた木々の隙間の小さな広場だった。
そう、この場所に来たとき、まだ夜は完全に訪れていなかった。
だが、今東の空に見えるのは間違いなく朝日だ。
陽まだ西の丘を昇り始めたばかりで、思ったほど時間は経っていない。
激しく寝過ごしたわけではなかったことに、取り敢えずほっとする。
「朝食が出来ましたよ」
不意に背後から声を掛けられ振り向くと、まだ少しだけくすぶっている焚き火の傍らで、蒼が何やら準備をしていた。
「あんたっ!
一体昨日、俺に何を飲ませた!!」
一応の礼儀として使っていた敬称が、すっかり吹っ飛んでいることにも気付かず、蒼に詰め寄るサイクレス。
「ですから、疲労回復滋養強壮薬ですって、睡眠毒の入った」
木の棒で焚き火を掻き分け、黒い塊を取り出していた蒼は、悪びれもせず答える。
「毒!!」
立ち上がり口元を押さえるサイクレス。しかし、当然のことながら今更吐き出せる筈もない。
「落ち着いてください。毒と言っても神経と精神を抑制し、睡眠を誘発するだけで、害はありませんよ。
それより身体の方はどうです?」
言われて初めて、昨日までとは嘘のように身体が軽いことに気付く。
「・・・・・これは」
「回復しましたか?
貴方、私を訪ねる前も事件から先、ろくに眠れていなかったでしょう。心も躰もガチガチでしたから」
パリパリと黒い塊の表面を剥きながら蒼はサイクレスを見る。
と言ってもやはり前髪は降りたままだ。
「睡眠は最も効果的な疲労回復です。人間、少しばかり食べなくても生きていられますが、眠れないと神経が参って死にます」
ぽーんと表面を剥いた塊をサイクレスにほおる。
「どうぞ。昨日仕掛けた罠にうまい具合に掛かってたので、その辺の茸と蒸し焼きにしました」
そう言うと自分の分もパリパリ剥き始める。
手の中には葉の塊。表面の焦げた部分は既に剥かれているので、後は中を開くだけだ。
「・・・・・・頂こう」
騙されたことには納得いかないし、急ぐ気持ちも勿論あるが、回復したのは事実。
それに香ばしい匂いに空腹を感じてもいた。
今回は素直に礼は言えなかったが・・・・・・・・。
蒼の反対側に座り、葉を開くと茸の香りが食欲を誘う。
しかし、一緒に蒸されていたのは、鳥肉だった・・・・・・・・。
瞬間、夢の中の鈴鳥を鮮明に思い出し、怯んだ。
だが、食べなくては死なないまでも力は出ない。
意を決して口に運ぶと、茸で香りが付き、柔らかく蒸された鳥肉は思いのほか美味で、あっと言う間に平らげてしまった。
「まだ有りますから、どうぞ」
棒で掻き出した幾つかの塊を次々剥きながら、自分も食事をする蒼。
「貴方の馬もすっかり回復したようですから、今日は速く進めますよ」
言われて、広場の端に繋がれた愛馬を見ると、蒼が用意したらしい草を元気にはんでいる。
主人の視線に顔を上げ、ヒヒンと一声啼いた。
「お前・・・・・・・・すまない、蒼殿。ありがとう」
馬のことは素直になる、素直なサイクレス。
「この子には、今日は沢山働いて貰いますからね。
あ、そうそう。腹拵えしたら見て頂きたいものがあるんです」
「?」
この後、サイクレスは目にしたものに驚き、愛馬を最速で駆ることになる。
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