〜第3章〜 清奈
[21]2007年5月19日 午後3時13分
僕と清奈の間にしばしの沈黙が流れる。
清奈は驚いた顔からいつもの無表情に戻り、さらに
「ふ……ふふふ……」
笑いだした。くそ、完全に馬鹿にされてるじゃないか。
「それ本気?」
「本気だ。」
「……。」
また清奈が溜め息をついた。
「ああそう。好きにすればいいじゃない。とにかく、今日はお前はここに残りなさい。分かったわね?」
そう言って清奈は木陰に戻り座った。
何らかのアクションが起こるのを待つつもりらしい。
「それにしても……。」
僕はふっと思った。
「僕と一緒に行くのが嫌なら、何で僕をいちいち呼ぶかなあ?」
単独で行動したいならわざわざパルスに連絡を入れることなかったのに。よく分からない。まあいいか。あの清奈のことだから意味があるんだろうな。
そのまま何も起こらず、ただ時間だけが過ぎていく。清奈は全く動かない。来たるべき時間に備え、鋭気を養っている。その姿は人形のように華麗な様相をしていながら、今すぐにでも動きそうな躍動感にも満ち溢れている。
携帯の時計を見ると3時13分……
といったところで。
明確な異常が起きた。
一瞬で辺りが赤く染まる。
公園じゅうが真っ赤になり目が痛くなりそうだ。その深紅の世界は辺りが全て赤熱しているかのように気温が急上昇する。
清奈は既に木陰から飛び出し向こうへと走っていった。
一般人客は急激に温度が上がり不思議そうにしている。この世界が真っ赤になっているのに気づいているのかいないのかは分からない。涼しいはずの5月が、軽く赤道直下の気温になる。お湯の中に溺れているような感覚。現に僕も汗がダラダラと流れる。早く日陰に……と思ったら。
先程まで清奈が座っていた場所に陰がない。
日光は太陽から射しこむ。太陽から地表へと一直線に射しこむのが当たり前だ。ところがこの中では光が直線ではなく、まるで風のように定まった形などなく、曲がっている。だからあらゆる遮蔽物は無意味。陰などができるはずもない。作るとしたら密室の中に隠れるしか陰は出来ない。
そうだ……皆は!
こんな灼熱地獄で走りたくなどなかったのだが、僕の足は勝手に動いていた。
皆が散々になってしまっているなかで一つの場所に集まらないと。
携帯の着信音が鳴る。瀬戸さんが全員にメールを送ったらしい。
《さっきの広場に皆集まって!!》
僕は先程ドッジボールをしたあの場所に急ぐ。
着くと殆んどの人がいるが、皆ハンカチを頭に乗せている。本当は濡らしたほうがいいのだが水道まで断水されたらしい。
「皆海に行きましょう!そこなら水があるはず!」
瀬戸さんナイスアイディアだ!今必要としている物は水だ。有山シーサイドパークは海に面している。そこにいけばいくらなんでも……まさか干上がってなんかは……
と思ったのが間違いだった。
「こ……これって……!」僕が思わず絶句する。
僕達は海の所までやって来た。だがそこに海は無い。「干上がった」よりも酷い。海が「無い」のだ。最初から海など無いと言っているかのように、海があったはずの場所はコンクリートで固められている。
「な……絶対おかしいわ!ここに海はあったもの!」
地面が砂浜になっていて、その先はコンクリートの平野が延々と広がっている。このままだと皆が倒れるのは時間の問題だ……!
すると
「空川さん!」
僕が思わず叫ぶ。
さくらちゃんが……
「さくら!さくら!!」
瀬戸さんも寄る。
さくらちゃんが倒れてしまった!
明らかに衰弱している。まるでうなされているように肩で息をしている。
目の光も薄く、体に力も入っていない。一刻も早く日陰に避難しないと、さくらちゃんの命が危ない!
「そうだ! 屋内に逃げ込めば風は無くとも光はしのげるはずだ!」
「屋内? ちょっとまって……!」
瀬戸さんがガイドマップを広げる。
「一番近いのは食堂よ! あそこなら広いから……」「すぐに向かおう!」
僕はさくらちゃんを背に担ぐ。本来なら誰もが羨む状況だがそんなことを言っている場合ではない。さくらちゃんが物凄く軽い。僕はハンカチで自分の汗を拭いて肩に乗せた。
「おい悠にぃ!」
ふっくん……。
「お前が一番体力を消費するだろ? これ飲めよ。」
花粉症のズルズル声だが、僕にお茶を差し出してくれた。
「サンキュ……!」
僕は水筒のコップを受けとり冷たいお茶を口に流し込む。こういうときにふっくんは僕に優しい。本来なら遠慮するべきだったのだが、遠慮できるほど僕の体は丈夫じゃなかった。
頼む……!
せめて屋内には……!
足の力がだんだんと無くなる。気力だけで僕の体は動いている。僕もいつ倒れてもおかしくなかったが、さくらちゃんの息が弱々しくなっているのに倒れるわけにもいかなかった。
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