〜第5章〜


[52]2007年7月20日 午前4時31分


《感心せんな。人を茶化すのは》
「わかってるわよ。今度はちゃんとする。これで作戦もばっちりだし」

内部に簡単に侵入できたとなると、前と同じように私をおびき寄せてる。
少し前までの愚かな
私なら、きっとその手に乗った。気づいていても乗り込んだ。
けれど、今度は違う。
ハレンを助けるには……私だけの力じゃダメ。

仲間……悠との協力が、絶対に必要。
私が練り上げた作戦は、かなり難しい、特に悠にとっては。

いや、悠は必ずできる。


この私が、間違いなく信頼しているのだから。

《む……?》

フェルミが何かの気配を察した。同時に私も、振り向いた。

「なに、この力」
《ふむ……》

フェルミが少し唸る。

《いずれもネブラではない》
「だけど……敵方の新手ではない。これは……」
《……近くに同志がいる》


まさか。タイムトラベラーは私達だけではない?

「フェルミ、貴方。全てのタイムトラベラーに会ったことがあるはずよね?」
《その通りだ。しかしこれは……我が初めて感じ取ったものだ。記憶に欠片も情報がない》


何者……?
《セイナ!》

私は、内に眠る獣の本能に従うように、フェルミを振り上げた。
逆袈裟に斬りあげたフェルミに、確かな手応えは感じられなかった。

「おらっ!!」

男の声。
声をした方向に振り向くよりも早く、私は右足を蹴りあげる。

鈍い音が響いた。

瞬間、男がしゃがみこみ、足を払おうとするのを、私は軸足で地を蹴って横ひねりに宙を回る。

男が次の拳を撃ち、私がフェルミを薙ぐのは同時だった。

私の剣と、男の拳がかちあった。
拳は、絶対的な質量を伴っていた。拳は、フェルミに両断されるのは愚か、逆に折られてしまいそうなほど、硬い。

私の頬に、紫煙が纏わりついた。

「よう。初めましてか? いや、違うな」

男のセリフに合わせて、口に加えたタバコが上下に揺れた。


無精髭の男の視線に


「瀬戸先生……」

私は驚きを見せず、彼の顔を見た。

「ははあん。最近うろついている奴は、お前だったわけか。長峰清奈?」
「……いきなり殴りかかってきた理由を教えてもらえるかしら? あいにく他人と遊んでる隙はないの」
「つれないな。どれぐらいなものか、少し試してみただけよ。にしても、想像以上のポテンシャルを持ってやがる。その剣は……」
「久しぶり、フェルミ」

男の後ろからやってきたのは、最近姿を現すようになった、アルフルン=エレッド=リリウスだった。使用人らしいつつましやかな所作でこちらに向かってくる。

「久しぶり?」

私は過去、彼女に出会った記憶はない。

《ぬ? 貴様のことは覚えていないのだが》
「この姿だからでしょう。これを見れば……分かるはずです」

リリウスは何かの呪文を唱えた。すると彼女の手に、細長い物体が象られる。
それは僅かに膨らみ流線形を描く。
弦が現れた。それは、周囲の冷たい空気と呼応するように張り詰めている。
リリウスの手にあるもの。それは琥珀色の弓だった。

《それは……貴様、ブルボンか》
「そうです。第12位のブルボンです」

第12位……となると、タイムトーキー?
しかし、彼女は精霊ではない。明らかに人間として実体化している。むろん、ペンダントでもなんでもない。

《よもや人の姿として現世に居座るとは……何をした》
「彼ですよ……瀬戸大吾郎が私を、ここに復活させたんです」
「リリウス先生? それは、おかしな話では無いかしら。本来タイムトーキーは、ペンダントを通じて契約者の深層心理に働きかける存在。そんなあなたがここに現れるのは……」
「そう、ありえない話に聞こえるだろう。長峰」

瀬戸大吾郎が私に語りかける。

「俺は26人いるタイムトラベラーの中には含まれない。いわば、番外位だ」
「番外位ですって?」
「そうだ。つまりお前らとは前提が違うってわけだ。タイムトーキーは狭いペンダントの中でしか活動できないと思っているらしいが、それは絶対じゃねぇ。番外位であるがゆえ、俺の存在やリリウスの正体がブルボンであることは、他のタイムトラベラー達は知らないだろうよ」

私は自分の剣へと視線を降ろした。

「フェルミ、あなたも知らないの? あいつのこと」
《ああ。しかし、ブルボン。貴様の前の主はどうした? ……いや、聞く必要もなかったか》

リリウスことタイムトーキー、ブルボンは弓をゆっくりと降ろした。そして、力ない微笑みを私に向けた。


「お察した通りです。ネブラに殺されました……」
《そうか……彼は我にとっても尊敬に値する者だったが……》

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.