〜第5章〜


[45]2007年7月20日夜中4時01分


まだ聞こえる雑音。
視界がゆっくりとが明滅する。

記憶が裏返って来た。
血の臭い。
あの、光景が、浮かぶ。
点滅する。
スライドショーのように記憶と現実が交差する。

血だらけの手。
横だおしになった車椅子。車輪がゆっくりと回っている。
悲鳴が聞こえる。
雑音に交じって聞こえてくる男や女の叫び声。
闇の奥底から沸き上がるような嘆き。

ああ……
今、自分は
何をしているのだろう――

モノのように扱われる命。儚く燃える灯が、そっと消えて煙が残る。
そこに、生という輝きを凌駕するほどの、残酷な死の存在を見た。

ハレンは、自分が笑っていることに気づいた。
笑い、それは、目から血と涙が溢れた、笑い。
もう、笑うしか無かった。この崩れた心で出来ることは、僅かにそれだけだったのだ。

記憶が回る。
真っ暗な闇、闇、光、闇、光、闇。

最後にはっきりと写ったのは……


前進に大きな十字の傷跡を残し、真っ白な服が血で染まった、自らの妹の姿だった。
その上にある虚空には、何羽も鳥が舞っていた。







――――――――――――

……。
何だ……今のは。
夜中に目覚めることは滅多にない僕が、嫌な汗をかいて目が覚めた。
清奈はすぐ隣にいない。
というのも、僕と清奈は相変わらず仲直りが出来ていなかった。
あの朝から、清奈は僕を避けている。
僕は何度も謝ったのだが、清奈は許してくれなかった。
彼女の性格上、それは当然のことだった。
最悪のケースである『再引っ越し』には至らずも、明らか仲が悪くなっていた。僕はご飯の時とか、一緒になる時間になるべく話そうとするのだが、殆んど口を開かない。そして僕がしつこすぎると、拒絶の視線を僕に向ける。口で『うっとうしい』とすら言ってくれないのだ。
せめてものお詫びで、シーズンオフで、決して安物ではない生のイチゴを毎回差し出すのだが、清奈はずっとご機嫌斜めだ。(イチゴを食べている時だけは、さも美味しそうに頬を緩ませるのだけど……)


だから、あの1件以降、一緒のベッドに寝ていたのが、まるっきり別の部屋の別の布団で寝ていた。しかも清奈が寝てる部屋には、鍵までかけられてしまう始末だ。

失ってからその物の大切さに気づくとよく言うが、正にその通りだった。

『所詮お前は、私じゃなくて、私の体が好きなだけだったのね』

違うんだ!
僕は清奈の全てが……





ああ、そうさ。

僕は

清奈のことが好きだ。

ただ見た目が可愛いとか、そんなんじゃなくて、もっと深い理由で、好きさ。

今は……あの綺麗で暖かい手を繋いで眠りたくて仕方が無かった。

僕は、こんなに真剣に、誰かの事を考えたことは無かった。


月は遥か遠くにある。
カーテンから僅かに漏れる光が、僕の手をそっと写し出していた。


――――――――――――

……また……嫌な夢……。私はよく夢の中で、血がよく吹き出しているのを目にする。
全く気持ちの良いものではない。
こんな時、私は手を繋ぐ。でも今は、その手を繋ぐ者がいない。

いつまで私は、こんなイザコザを続けていくつもりなのだろう。

悠は、私に、何度も謝ってくれている。
許すつもりは無かった。
でも、悠の真剣な顔を見ていると、だんだん、許してもいいかな、と思えるようになった。

許してもいい?
本当に?
じゃあ、なんで私は、あんなに悠に冷たい態度を取るの?
思っていることと、行っていることが違う。
私は……悠が好きなのに。愛せないなんて、おかしすぎる。
私はなぜ許さない?
悠はいい人。
いい人なのに。
ああ!
もう!
なんでこんなに苛立ちが湧いてくるの!?

悠とシヅキは違う。
百遍千遍と言ってきたセリフ。
悠を見ると、私はどうしてもあいつを思い出す。
それが矛盾の原因なのか?悠の顔を見る度、あの朝を思い出す。
あの朝を思い出す度、シヅキが私に施した鬼畜の愚行を思い出してしまうのだ。

私は自分の腕を交差させた。

あのおぞましい感覚。
生暖かく不快な温度。
私の体に、大きな傷がついた。

シヅキは苦笑しながら私を見ていた。
敗北した戦姫が、望まずも踏まなければならない残酷な運命をたどった。
三人も……黒いネブラ達によって……。
身も心もズタズタに引き裂かれた。

悠は……あの黒いネブラとおんなじ事をしようとした。
私は体だけしか愛して貰えない人間なんだ。
私なんか、心があっても無くても同じなんだ。
いっそ壊れて、無情にネブラを切り裂くような殺戮兵器になったほうがずっといい。

私なんか、産まれてこなければ良かったんだ――






枕を顔に押し付ける。

「悠の……くっ……ばかぁ……!!」

悠は……私を犯したあいつらと同じ……
違うんじゃない……同じ。同じ……同じ……。

「…ひっく……くっ……!」

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