本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[20]chapter:6 その夜をふみ越えて
「ぁあぐぅあ゙ああぁああ゙あ゙ああ゙ぁぁぁああぁ゙あああああ!!!!!」
シンの悲痛な叫びが辺りにこだました。
右手で左腕を抑えながらそのままひざまずく。
「おれ゙..!俺の手が...!!悪魔の左腕がぁぁ!!!...く..くぅそがぁぁ...こんな...!!こんなカスにぃぃぃ...!!」
「や..やった...」
ラルは安堵し、胸をなで下ろした。
ヴァンは剣を両手で握りしめ、その場に座り込んでいる。
ラルはなんとか体を起こしてヴァンのもとへ寄った。
「ヴァンくん」
ヴァンから返事はなく、顔をうつむけたまま黙っていた。
ラルはヴァンの肩に手をまわしてあげ、抱くような形をとってあげた。
「ぐぅぅ...ぐぅぅ...」
シンは顔を歪め、苦痛にもがいていた。
「哀れだな、シリウス...いや、シン」
「はぁ..はぁ...ち..ちくしょぉぉぉ...」
次の瞬間シンの横に黒い煙の渦が立ち込めた。そして儀式の時に現れた竜の顔を持った馬が顔を出した。
「シリウス=シルウァヌスよ...時間だ...貴様から代償を受け取りに参った...」
煙の中からメフィストフェレスがしわがれた声でそう言った。
「く..ぐぅぅぅ...」
シンは唸ったまま煙の方を見た。
「ククク...哀れだな、人間よ..我が『悪魔の手』を使いながらそんな傷を負うとは...」
「だ..黙れ...ルシファーの配下でしかないくせに...」
メフィストフェレスはシンの言葉に少し間を置いた。
「ふん...我とて..あの大悪魔の配下で終わる気はない...必ず大公の地位まで登り詰めて見せるわ...」
その声は何か怨念がこもっているような、そんな声であった。
「それより...儀式の代償をもらい受けるぞ...貴様の..命を...」
ラルはヴァンの身をしっかりと抱きながら悪魔とのやりとりを見守っていた。
「命..やはり奴は儀式のために自らの命を犠牲にしたのか...哀れな...」
「さぁ..もらうぞ...貴様の真紅なる灯を...」
シンはメフィストフェレスの言葉を聞くとニヤッと笑った。
「ハァ...ハァ...命ね...くれてやるよ...
...だが...俺の命じゃねぇ...!」
「なに...?」
「ヤバい...!」
ラルは危険を感じシンから離れた場所へと跳んだ。
「貴様の命じゃないだと...?」
「クククク...保険をかけといてよかったぜ...」
ガフツ!
「なんだ!?」
ラルが音のした方を見ると、シュバイツが血を吐いていた。
「クククク...俺は死なねえ...」
シュバイツのいる地面が突然光を帯び、紫色の魔法陣が刻まれた。中の六望星の端から光のベールが現れシュバイツの体を締め上げていく。
「グルゥゥ...グァァ...」
シュバイツは苦しみ血を吐きながら悶絶した。
「まさか...あいつ...」
「...シュ..シュバイツ...」
ヴァンが小さな声でそう言った。
「ヴァンくん..大丈夫か?」
ラルは声をかけたがヴァンは、シュバイツの方を向きっぱなしだった。
「あれは..いったい...」
「..多分......」
「..人間風情が...契約内容の命をその犬っころに変えたな...」
「ケケケケ...何か問題あるかよ...?」
「..フン...貴様は...もう...悪魔だな...」
シンは笑みを消してこう言った。
「悪魔じゃねぇよ...おれは神さ...」
「神...数多(あまた)の動物の体を悪魔にし、自らの左腕をも悪魔にした貴様が..神というか...ククク...面白い..面白いぞ人間...
いいだろう...契約内容に不備は無い...あの犬と引き換えにその左腕をくれてやる...うまく使うんだな...」
メフィストフェレスはそう言うと煙と一緒にどこかへと消えていった。
「シュバイツ!!」
「ヴァ、ヴァンくん!!」
ヴァンはラルの腕を払いのけシュバイツのもとへと駆け寄った。
シュバイツは光のベールに絡みとられもがき苦しんでいた。
「シュバイツ!シュバイツ!!」
「無駄だ...」シンは言った。
ヴァンはシンを睨んだ。
「そいつは悪魔の契約により『冥界』に送られる...もう助からねえさ...」
「ぅぅぅ...ぅぅうぉぉぉぉぉぉ!!!」
ヴァンはシンに向かって剣を振るった。しかしシンは高く跳びそれを交わして木の上へと立った。
「どうした...?さっきの速さはどうしたんだよ...」
「く...くそぉぉ...」
「ガフゥ!!」
「シュ、シュバイツ!!」
光のベールがシュバイツを引っ張り、魔法陣へと引きずりこんでいた。
「シュバイツ!」
ヴァンはシュバイツへと手を伸ばしたがラルがそれを制止した。
「は..離してよ...シュバイツが..シュバイツが...!」
「触れちゃダメだ...君も冥界へと送られてしまう...」
シンはニヤッとしながら言った。
「正解だ...さすがユスティティア..よく知ってるなぁ」
ラルはシンを睨んだ。
「黙れ...」
「ふん...今日は俺が退いてやる...また会えるといいなぁ..ヴァン..」
ヴァンはシンの方を向かず黙っていた。
「ククク...じゃあな...ユスティティアのお姉さん..そして...我が弟よ...」
シンはそう言い残すと闇へと消えた。
そしてシュバイツは、魔法陣へと引きずりこまれ、そこには何も残らなかった...。
哀しき夜は終わった。辺りは静かだが、鉄臭い血の匂いが残っている。
こんなにも永く、哀しい夜があるのだろうか?
もうここに兄さんの姿はない。
いや、
もともと兄さんなんて、僕にはいなかったんだ...
涙が溢れる。目が痛いのに、もう泣きたくないのに...。
「..森の外には『暗幕の結界』が張られていて夜まで外に出られない...だからそれまで...」
「もういい...」
「...なに?」
「もういいんです...」
「......」
「もう僕は生きている意味がないんですよ...」
ガッ
ラルは鬼気迫る表情でヴァンの胸ぐらを掴みあげた。
「生きている意味が無いだと?ならば何故生きている!!何故今君は死なない!!」
「ぅ..うあ...」
「死にたいのなら今死ね...舌を切るなりなんなりして今すぐ死ね!!...それができぬのなら...」
ラルは懐からダガーを取り出し、ヴァンの首もとに刃を当てた。
「ひ...」
「私が君の首をかっさいて...殺してやる...」
ラルの目は本気だった。
「ぅ...うう...ぅぐぐぐ...」
「死ぬのが怖いか?生きたいか...?」
「...ぅぅ..い..生ぎだい...じにだくない...」
「ならば生きろ...あがき..もがき...生にしがみつけ...
君は...今日を生き延びたんだ...」
「ぅ..ぅぅうぁぁぁぁぁん...」
ラルはヴァンの首もとからダガーを離した。
そして、ヴァンを自分のもとへと引き寄せ、抱きしめた。
「ヴァンくん...もう終わったんだ...君は今日を生き延びた...だから...安心して...」
「ぅぅ...」
ラルの声は優しく、ヴァンの心に響き、そして暖めた。
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