第二章 動きだす運命
[19]第三三話
「どういう事ですか!」
『先ほど説明したとおりです。一刻も早く目標を殲滅してください』
如月の驚きとある種の怒りに近い感情をともなった口調に対して、セキラは落ち着いた口調で言った。
『状況は一刻の猶予を争います。このままでは上穂市を中心に、関東平野一円が水没する恐れがあります』
「それは分かっています。しかしこの距離からの掃射は不可能です!」
如月は声を荒げた。
しかし、通信ディスプレイの映像欄に映るセキラの表情は少しも感情が入り混じっていない。
『こちらのシステムでは、最も有効な手段と判断されました。これまでの情報から、目標は一定距離内の殺意を持った生命体を敵と認識して攻撃する魔法を使っています』
「だから遠距離からの攻撃ですか」
『その通りです。如月大臣も同意しています』
「なるほどね」
如月は空を恨めしそうに見上げた。
色鮮やかではなく、モノクロで支配された世界。
魔法と高度な科学技術を融合させても、状況把握が難しい世界。
それが空間結界という世界だ。
周囲の空間から切り取られ、隔絶した世界なので現代の技術では外部からのサポートが不可能である。
しかし、魔法という特殊なものを用いる事で、科学省はそれを実現していた。
『結界破砕班が到着するまで死なないでください』
ノイズが混じり始め、音声が多少聞き取りにくくなってきた。
この通信システムは、魔法によって結界内と連絡を可能にしている。
だが、強力な結界に太刀打ちできないという欠点があるうえに、連続的な通信が行えないという重大な問題があった。
「分かりました。破砕班が来る前に潰します」
そう言うと如月は一方的に通信を終了した。
結界まで使って来る事は予想できた事態だった。
それなのに、なぜ考えなかったのか。
如月は内心で自分自身を苦々しく恨むと同時に、焦燥感に捕らわれていた。
結界を展開した事から、狙いは市街地の大規模な壊滅ではないと容易に判断できる。
では、敵の目的は一体何なのか。
「耀君……」
ふと後ろを振り向くと、ネルフェニビアが不安な顔をしていた。
如月は鼻で一息つくと、
「全く、それでも魔導師か?」
と言って、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ひゃっ。何するんですか!」
くしゃくしゃにされた髪の毛を、手櫛でもとに戻しながらネルフェニビアは抗議する。
それに驚いたのか、如月は少し言葉に迷いながらもこう言った。
「いや、とある阿呆から『こうすれば可愛い女の子はイチコロだ』と力説されたとおりにやったんだが…………嫌だったか?」
「え、えと…その……。嫌じゃないですけど…………」
急に顔が真っ赤になったかと思うと、俯いてシュンとなってしまったネルフェニビア。
如月は頭にクエスチョンマークを浮かべるだけで一向に答えが見出だせていない。
やがてネルフェニビアが小さな声で言い始めた。
「その………頭を撫でるのは、私だけに、してくださいね。耀君?」
「あ、ああ…………」
こんな可愛い娘に、上目遣いに顔を真っ赤にしながら言われては動揺しない男はいない。
如月もその例外に漏れる事はなかった。
獣というよりかは小悪魔だ、と如月は内心で抗議した。
直後、和やかな空気が一瞬で凍り付く。
「危ない!」
「え?」
左斜め後ろから何かが飛んで来る気配がし、如月が咄嗟にネルフェニビアに覆い重なるようにして押し倒した。
刹那の間をおいて、縁のコンクリート壁の一部がブロック塊となって地面へ落ちる。
「直撃!?」
如月はネルフェニビアを給水塔の陰に連れて行くと、その場から素早く別な遮蔽物の陰へと隠れた。
そして相手の様子を伺おうと身動ぎした瞬間、魔力弾の嵐が如月を襲った。
「くっ……! 撃ち落とされるのも時間の問題か……」
遮蔽物がじわりじわりと削られていく最中、ネルフェニビアが念話で話しかけてきた。
『耀君、目標はあなただけを狙っています。私が魔力弾の回避を手伝うので、アイ・スコープを起動して近距離殲滅をしてください』
「なに……!? それでお前が狙われたらどうする!」
反撃する機会を伺いながら如月は叫ぶ。
だが、ネルフェニビアは自信を持った声でこう言った。
『私は魔導師です。少なくとも耀君よりは場数を踏んでいますよ?』
「なっ…………」
如月は一瞬開いた口が塞がらず、言葉を発しようにも無意味かつ微細な顎の運動にしかならなかった。
しかし数秒経ってから、急に笑い出した。
『笑わないでください! 当たり前の事を言っただけです!』
「分かっているさ」
一通り笑い終えた如月は、頬を膨らまして怒っているだろう魔導師に言い返した。
「ただ、まさかここでそっくりそのまま返されるとは意外だっただけだ」
『むう……。なんか馬鹿にしてません?』
「してはいない。ネル、俺の背中は任せた」
如月は急に真面目な口調になって言った。
ネルフェニビアも、返事をすると黙々と作業をし始めたようだ。
「アストラル、頼むぞ」
『貴様が窮地に追い込まれたら助けよう。そうでなくとも、今の身体能力は我が力の影響だがな』
「言ってくれる」
幻獣神の言葉を軽々しく言い返すと、如月は静かに目を閉じた。
遮蔽物を穿つ魔力弾の嵐はまだ止まっていない。
「支援システム起動」
そう言うと、如月の左目の眼前に薄緑色の平らな液晶画面らしきものが現れた。
「ネル、準備はいいか?」
『こちらは完了です。相互リンクシステム、異常ありません。索敵を開始します』
「分かった。こちらも元凶者の作戦を実行する」
ゆっくりと目を開けると、黒衣を身に纏う殲滅者はこう言った。
「殲滅、開始」
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