〜第5章〜
[28]夕方4時10分
僕があたかも逃げるように走って校門の前に着くのは、行きの時ほど時間がかからなかった。
正直、あれで本当によかったのか疑問だ。
嫌われてもおかしくないし文句は言えない。
それでも僕は
その……二人とも離したくはない。
いずれはどちらかを選ばなければならない時が来るだろうが、まだその時ではないと信じている。
駅前に何か大切な物を置き忘れたような心の違和感を確かに感じとる。
僕はゆっくりとスピードを落とし、歩いた。
まだ僕の脳裏に浮かぶ、さくらちゃんの悲しげな目。僅かに震えた唇。
終えてから、何てことをしたんだ、と気づいた。
運が悪かったと言うべきなんだろう。
でもさくらちゃんのあの顔を見るぐらいだったなら……。
あの、今にも崩れ落ちそうな悲愴の表情とか
その悲愴を内にしまいこみ、僕に見せてくれたあの笑顔とか、それを見るぐらいだったら……!
その悪運と戦い抜くのが、己の為すべきことではないのか?
「相沢くん」
僕が脳をフル稼働させているなか、耳から聞こえてきたのはハレンの声だ。
「ああ、ハレン。清奈はまだなのか?」
「ここにいるわよ」
校門の側に生えている木陰の下に清奈がいた。
唇に髪を留めるゴムを挟みながら後ろ髪をまとめて、慣れた手つきでそのゴムを通した。短いポニーテールのようになり、新鮮な印象を与える。
「遅すぎ。どこに行ってたのか知らないけど、あちこちフラフラ動かないでよね」
「うん……ごめんな。気悪くしちゃった?」
「別に。まあそれよりも、ね」
清奈が木陰から抜け出た。
「ハレン、頼んでたものは?」
「バッチリ手配してありますよ〜」
「じゃあ、早速向かいましょう」
何かを手配したらしい。
とりあえずその場は黙って2人についていくことにした。
清奈の家は、学校から走れば5分かそこらで着くような近場にあった。
ハレンが言うには、五月原はネブラの汚染が特に酷く、その汚染の中心が学校付近らしいのでここに住んだという。確かにここなら、家にいながら学校を監視することも可能だろう。
そびえたつ高級マンションの一室。そこが清奈の家だ。
しかしマンションと言っても、不可視空間の中にスッポリ入り込んでいるので誰もその存在に気づくことはない。
百はゆうに越えるであろう部屋はどこも空いている。
「へえぇ……」
なにに感心を示しているのか、間抜けな声が出た。
普通の人間には、いや、どんなブルジョワでも高級マンション丸ごと貸し切りっていうのは贅沢すぎる。
それに、寂しくないか?
無駄に広いマンションにたった一人住むのは。
清奈にしたら、そんなことどうでもいいのかな。
『私はずっと悠のそばに……』
いや、違うよな。
今の清奈は、かつてとは見違えるぐらい変わった。
もし変わってないのなら、僕が頼み込んだってここから出ようとしないだろうし。
「なにニヤニヤしてるのよ。気色悪い」
「……いや、いざ引っ越しを始めるとさ」
「え?」
「なんか、本当に……清奈が僕の家に住むんだなあって、改めて思ったんだ」
「へえ、私が来ると思うと、ニヤけてくるのね」
皮肉なのかなんなのかよく分からない言葉を投げ掛けて来た。
「ところでさ、学校の監視はもういいのか?」
「大丈夫よ。お前にはまだ説明してなかったけどタイムトーキーは場所をブックマークできる機能があるの」
「ブックマーク?」
「まあ、要するに特定の場所に一瞬で行けるようになるのよ。その機能を使えば私達は瞬間移動めいたことが出来るの。
もう学校のあちこちにマークしたから異変が起きてもすぐに学校に行ける。そして、お前の家にもね」
「え、僕の家も!?」
「昨日マークしておいたわ。そうしたら、小さな荷物なら持ちながら移動すると簡単に引っ越しできるでしょ?」
「でもそれじゃ大きな荷物は?」
「それはハレンが手配してくれたわ」
「え?」
すると、車のエンジン音が聞こえてきた。
ボッボボッボと軽快な音を響かせながら、向こうから何かやってくる。
「来ましたよ」
ハレンが言うと、それがゆっくりスピードを落とし僕たち3人の前に停まった。
「車?」
3人か4人乗り位のミニバンだ。ブレーキ音の後、バッと後ろのトランクドアが開く。
「さすがね。想像以上だわ」
いつのまにか後ろのドアから中を覗きこんでいた清奈。
「想像以上って何が……」
僕も清奈と同じく後ろから中を見る。
「え?」
僕は思わず車の外見を見た。
外から見るぶんなら、それはやはりミニバンだ。
しかし内部は学校の体育館程の広さである。
ミニバンの側面についている窓も、その部屋に比例して大きくなっている。
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