side story


[28]時を渡るセレナーデ -22-



出発口は港のようになっている。
目の前に うみしお が停泊していた。
そして出入口には、手を振るネルフェニビアの姿があった。

「もはやここも安全では無くなったな」
「全くね。2度もネブラ達に侵入を許してるんだから」
「でも……もう倒したから大丈夫だよね?」

僕がもう安全だと確認するため如月君に聞いてみる。
「ああ」

皆はもう大丈夫だと判断したのか、歩き出した。

だが

「……では無いみたい」


清奈が急に後ろを振り向く。

「清奈? ではないって……もしかして」
「感じない?」

清奈に言われると、より確信してしまうその気配。

「ふん。姑息なうえに、このしつこさか」
『貴様達が相手している連中は、よっぽど敗北を嫌うようだな』

アストラルがそう言うと、如月君は肩からショルダーバッグのように提げていた淡い緑色のケースを下に置く。
そしてそのケースを軽く蹴って足で蓋を開ける。
手には白い手袋をはめていた。

「ここは俺が出る。お前達は先に船へ戻れ」
「き……如月君1人で!? そんなこと……」
「断る」

僕が引き留めようとしたが清奈が割り込んだ。

「まだお前には借りがある。ここで逃げるような私じゃないわ」
「昨日の夜のこと、まだ根に持ってるのか」
「別に……違うわ。単に助けられっぱなしじゃフェアじゃないでしょ?」
「見た感じ、余分な体力は残されていないようだがな」
「うるさい。私を舐めないでくれる?」

如月君は思わず笑いが溢れそうになるが、そのまま静穏を装った。
清奈の気丈や饒舌もここまで来ると、如月君は苦笑するより外ないらしい。


「好きにしろ」
「あの〜じゃあ……僕は?」
「同様だ」

僕は正直なところ、もう闘うのは願い下げだった。
だって出発したら嫌でも戦わなくちゃいけないし。
それでも、清奈が向かうとなれば船に戻りたくても戻れなかった。
清奈は如月君の言った通り、体力に余裕は無い。
僅かに清奈は息を切らしていた。
これは非常に危険な証拠なのだ。清奈は女性という枠を遥かに越える、無限を思わせる程の体力を持つ。
僕が助けに行くまえから戦っていることを考えると……僕がいないと(たとえ何もできなくても)清奈の身に危険が生じるのは簡単に確信できた。

「なら……僕も残る」

異議を唱えた人はいなかった。

「みんな〜!」

後ろを振り向くとネル、その後ろからハレンが走ってこちらに向かってきた。


「もう……倒しましたか?」

ネルの問いに如月君が答えた。

「いや、まだだ。確かにあの時仕留めたと思ったのだが」
「首を斬っただけじゃ死なないとなると……アンデッドなのかもしれないわ」
「アンデッド?」

僕がその言葉の意味を問うが容易に想像できた。
死を拒絶されるもの。
つまり……。

「不死身か……」

如月君が小さなため息混じりに言った。

「こういうネブラが現れたら、普通どういう対処を取るんだ、長峰清奈」
「アンデッドのネブラは、その能力を維持する為に莫大な力を必要とするから、戦闘力は低いものなの。だから、こういうネブラは不可視空間に閉じ込めて永遠に出てこないようにするのが通例なのよ」
「え……でも、あれはかなり強かった気がするんだけど?」
「そうなの。だから説明がつかない……。1つ可能性があるとすれば、誰かが魔力を提供している、ことかしら」
《その可能性はありますね》
《前回、ネブラは集団でここを襲った。そう考えるのが最も妥当だろう》

パルスとフェルミも同じように考えているみたいだ。

「まずいですね……。力が強いのなら、不可視空間に閉じ込めても破壊されてこじあけられてしまうかも」「そうね」

ハレンが彼女が着ているローブの内ポケットから、いつものサイコロパソコンを取り出す。
カチッと赤いボタンを押すと忽ち変形、一台のパソコンになった。

「ほぇー」
「それも魔法の類か」

そのままパソコンを起動したハレンは、周辺情報をすぐに取得、省内地図をディスプレイに展開した。

「ネブラの影は今のところ見当たらな……」

と言って言葉が止まる。

「……先輩。もしかして……これ、ですか?」

ハレンは間違いなく目を疑ったに違いない。
僕とネルがディスプレイを覗くと、ハレンが指差している所には

「……うそっ!?」

地図に浮かぶ真っ黒な部分。恐らくはネブラがいる地点なのだろう。
その真っ暗な部分は
省内部の半分を覆うかといったほど広範に渡っていた。

「そんな! こんなの相手にするんですか!? しかもこれだと管制室はもう……」

ネルがそう驚いて言うのも無理は無いだろう。
その影は
確実に僕達がいる所へと向かっている。

「相手が悪い。ここは燃料補給を中断し直ちに出発した方がいい」
「燃料不足で船が止まったら本末転倒じゃない」
「確かにそうかもしれない。だが船にはこの国でもトップクラスの人間が揃う最高のクルーがいる。問題は無いはずだ」
「……そう」

清奈もその意見に賛成したらしく、僕たちはすぐに船へと向かった。
ネブラは肥大化している。そして、僕たちがここにいる限りこの省にいる人間全員が危険だ。

さっきハレンとネルがいた所には副艦長の桜庭さんが立っていた。

「早く乗り込んで!」

その声を耳にして僕たち全員が足を早める。
しかし次の瞬間、ハレンが

「待って! もう一つの気配が!」
《セイナ、止まれ!!》

フェルミの声で一番前を走っていた清奈が止まる。

下の地面が黒いペンキで滲んだかと思うと、下から

「まずっ……!」

飛び出したのはさっきの大蛇だった。
その瞬間の不意を突き、蛇が清奈に噛みつこうと襲いかかる!

清奈は剣をまだ鞘から抜いていない……!


「ドリフト!」

下にいるネブラの存在にいち早く気づいていたハレンが突風を飛ばす。
牙が清奈の体に触れる直前で、数メートル前へ吹っ飛んだ。

「助かったわ、ハレン」
「どういたしまして」

少しハレンが笑うがすぐに真剣な表情になる。

「後方から新たにもう一つ……!」

清奈は剣を抜き、後ろを向く。
僕もライボルトを構えた。

「この感じは……昨日ネルさんを捕まえた時と同じ……!」
「ええ、その通りですよ」


そこに
貴族服に包まれた1人のネブラを目にする。

「危うく出発させてしまう所でした。レヴェナントはこうも足が遅いとは思いもしませんでしたからねえ。ベラベラット、来なさい」

すると、さっき吹っ飛んだ蛇が消え、あの男の肩の上に再び現れた。

「あれが魔力の供給源か」「丁度よかったわ」

清奈が上空に浮かんでいるネブラに聞こえるよう大きな声で言った。

「あれが黒騎士に力を与えているのなら、先にお前から消せばいいことだけだものね?」

清奈は剣先を、あいつの方へ向けた。

「ヒ……ヒュヒュヒュヒュヒュ!」

長い時間聞きたくない嫌な音を喉に響かせて笑った。

「さすが……さすがですよ。その圧倒する力、高圧的な態度、本当に貴方らしい……。そうでなくては私も楽しめませんから」

アルベラはマントを翻すと姿を消し、ちょうど僕たちと船の間に再び現れた。
清奈は剣を下に下ろす。

「この先は通しませんよ?」
「実力を見せなければ退く意思は無いらしいな」
「通してください! 邪魔をするというのなら……」

敵であることを明確に確信した如月君とネルが戦闘体勢に入る。

「ほう。邪魔をするなら……どうすると言うのです? 小娘……」

もういつ始まってもおかしくない。

「お前は1人。こちらは5人。それで勝てると思ってるのかしら?」

清奈が再度、剣を構えた。

「1人? 心外ですね。レヴェナントの力は、貴方たちが1人だろうが5人だろうが100人だろうが……同じようなものです。今の彼なら、この船ごと叩き潰すのも造作はありませんよ」

その途端、地面が揺れる。あの巨体が再び近づいてきている。

「これ以上の茶番は無用!」

清奈が、あいつ目がけて突っ込む。
それに続くように、残りの4人はネブラに照準を合わせる。

「ヒュヒュヒュ……」

清奈が、大きく踏み込んで斜めに両断するがアルベラは瞬間で姿を消す。

清奈の背後を突く――

だが清奈は、踏み込まなかった足でネブラに蹴りを入れる。

あいつが清奈に攻撃しようとした、針のように鋭い爪を付けた手が方向転換して、清奈のキックを止める。

その動きが止まった瞬間に
如月君はコートに忍ばせていたマグナムを抜く。

タイミング、照準位置、共にジャストポイントだ。

『引け!!』

アストラルの力の一部、それはネブラに十分匹敵する威力、必殺と呼ぶのに何の違和感もないものだ。

「サンダーディヒューズ!」

ネブラが如月君のマグナムに撃ち抜かれたが、大きなダメージに至っていない。
ネブラはまたも消え、その地点から遅れて、僕たちの前方からやってくるのは無数の黒翼。
それはコウモリの大群だった。

「ファイア!」

ネルの前に現れていた、電気を帯びた魔力塊が弾け、それが無数の雷弾となる。
その大群をまとめて仕留める。

「……何処に消えた」

如月君が油断なく周囲を確認する。

「耀君!!」

消えたと思っていた蛇が、如月君の頭上に現れ、落下しながら蛇が牙をむく!

しかし、如月君はマグナムを持っていない手で落下する蛇を弾き飛ばす。

ちょうど僕のすぐ隣をかすめて吹っ飛ぶ蛇。さらに如月君は蛇に1発の弾丸を撃った。

大袈裟に飛びはねて、かすれた怒号を挙げる。

「今よ、早く乗り込むわ!」

清奈が船へ向かい走りだし、皆もその後についていくが

「くっ!」

再び地震が起きて、その衝撃に足が取られた如月君。そのせいで他の4人と僅かに距離が出来る。

その瞬間だった。
まるでその瞬間を待っていたかのように。

地面がえぐれた。
天地が逆転したのか。
鉄の地面が、完全に破壊され、地下から巨体が飛び出した。

破壊された地面の鉄塊や鉄筋が空に飛ぶ。

「耀く……」

そのネルの声も、衝撃と爆発の轟音にかき消された。






「そんな……耀君! 耀くうううん!!」

如月君以外は無事だが、如月君だけは船から遥か遠くにある。

高く、遠いこの瓦礫の向こうに、如月君が取り残されてしまった。

ネルはその瓦礫をかき別けて進もうとした。
しかし、道は完全に封され、ネルが幾ら頑張ってもその先に進むことはできない。

「如月君……!」

僕も思わず声を出した。
如月君はこの瓦礫の向こうで、あの巨体と対峙しているのだ。

ネルは必死で瓦礫の中に進もうとする。
それを手助けしようと思ったが、無駄に終わるということも察してしまっていた……。



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