side story


[27]時を渡るセレナーデ -21-



◇◆◇◆◇◆◇◆

圧巻、だった。
それが目の前の光景を表現するのにふさわしい言葉だった。
ただ広がる目前の闇はどこまでも深い。瞼を閉じるよりも真っ暗な気がする。
そして僕の前に立ちはだかる山のような、壁のような、鉄塊。

それに立ち向かっているのは、僕の背丈にも届かない少女だった。
黒髪で、瑠璃色の瞳で、背にマントを広げる。紅雷が音を立てて弾けている。

僕は彼女の目にある、あの強い目線を見た。
目がキツいのではない。
力が有るのだ。
清奈のそれは睨んでもいない。
見据えていた。
そこから溢れてくる、力。

僕でさえ目の前の巨体に圧倒され言葉を失うのに、僕より体の小さい彼女には、どのように映っているのだろう。

清奈は全く動じない。
いや、それどころか凌駕している。
無駄に大きな体の放つ禍々しさを、居るだけで撥ねのけている。

背中を見るだけで、息を飲んだ。
見るものを圧倒する強大な力の流れだ。
純然の剣士。
清奈の、本当の姿。
今、ここに立つ。
何者にも真似できない、何物にも置き換えられない。





力と力が衝突しあう。
瞬間飛び出した清奈が、巨体の攻撃範囲に入る。
それを待っていたかのごとく、太刀が頭上ですぐさま振り下ろされた。
空気が乱暴に擦れあって、ジュッと断ち切れた音がした。
清奈は僅かに左に動いて縦斬りをやりすごした。

世界に横たわる常識を打ち破っているようだ。
尋常ではない。
小人が風車に立ち向かっている。体格において雲泥の差である2人が、火花を散らす。
相手の太刀のその重さ、力の強さ。あらゆる者を無に帰した太刀が振り回される、叩き付けられる。

それを清奈は

あの細い剣で受け止めたのだ。

普通なら体ごと彼方に吹っ飛ぶか、剣が折れて有無を言わさず両断されるはずなのに。

だが

その力に恐れない清奈にその攻撃など……。


太刀が向きを変えた。
戦乙女の首を掻こうと横に凪ぐ攻撃。
清奈は将に首を断たれる直前で後ろに飛ぶ。
太刀が届かないギリギリの位置へ。

「そこぉっ!!」

すぐ目の前で太刀を空振った。奴の鈍さがあいまって出来た大きな隙。
そのチャンスを清奈は逃さなかった。

清奈は跳んで、奴の最も体が細い部分に狙いを定める。
四肢も胴体も斬れないのならば狙う点は唯ひとつ。

頭だ!

清奈は奴の背を超え、体の向きが反対になる。
頭が下を向いた。


腕の力で斬れないのならば。


天井に足がついた。
曲げる。
そして……



けのびの要領で天井を蹴った。奴の首筋へと神経を集中させる。
その雷に包まれた清奈の気高き剣と心が

集中される。

ネブラはその攻撃を止めようと、清奈の体に手を伸ばした。
そのままでは清奈は奴に鷲掴みされてしまう。
もっとも
そんなことが、叶うはずもない。


ネブラが上げる悶絶の声。防ごうと清奈に伸ばしたその手は、既に手の機能を果たしていなかった。

ネブラの掌を
いとも簡単に貫通する。

この少女を止めるものなど、目の前の巨人は何も持たない。

ちっぽけで美麗な存在が、醜悪と血肉の山脈を薙ぎ倒す様は、まるで英雄の伝説を再現しているかのようだ。

手が貫通したことが分かった後は、僅か一瞬だった。

清奈は既に着地していた。その剣を、
もう勝利を確信していたのだろうか、
鞘に戻した。

ちょうどネブラと清奈が背中を向かい合わせにしている。

清奈が必要としたのは、この僅か一閃のみ。
周囲に太刀を振り回した傷跡が無数に残る中、清奈はネブラの方を振り向いた。
すでに奴の首筋辺りから黒い液体が飛び散り始めていた。

勝ったのか……?
あの、巨体に。
神を思わせるような超巨大なあれを、一撃で……?
紛れもなく、目の前に広がるのは夢でないなら常に真実だ。


僕は少し思った。
清奈は、僕が側にいて初めて完全になる。
僕がいなかったら清奈は勝利を掴めなかった。
今は僕がいる。
何もしていなくても、僕がいるだけでいい。
僕が清奈の側にいたら……



清奈に斬れないネブラは、存在しないのかもしれない。

戦いという世界において絶対ということは存在しないにしても、目の前の光景は僕に充分そう思わせる程の強烈な印象を与えていた。


その途端――


清奈が走って僕に飛びこんだ。
僕は清奈を抱き返そうとしたが、途中でそうでは無いことに気づく。

清奈は僕を体当たりで吹っ飛ばして、吹っ飛んでいた。

尻餅をついて勢い余って地面に後頭部を打ち付ける。目の前がチカチカしているな、と考えていると轟音が鳴った。

「馬鹿! なにボケーッとしてるのよ!」
「え?」

僕は清奈に見とれて気づかなかったのだが、危うく倒れるネブラの下敷になりかけた。
久々に、清奈と僕の体が触れ合った。

当然、マイペースに刻んでいた脈拍が鳴りひびく。

「本当にもう……危なっかしいわね」
「ごめん」

清奈さん、退いてくださいよ。
……と、言おうとしない自分。

こんなに空気が悪く蒸し暑いのに清奈の肌は、陶器のように白く、きめ細かいパウダーのように軟らかい。

「勝ったん、だよな?」
「うん。多分ね」

清奈が後ろのネブラの方を向く。
鋼鉄が横に倒れて改めて体の大きさに驚愕する。

そいつが動く気配はなかった。

「早く向かいましょう。如月やネルも心配してるでしょうし」
「でも、あちこち扉が閉まってるから出られないぞ」「ハレンに無事を伝えるついでに、如月達にここに来るよう伝えればなんとかしてくれるでしょ」
「その必要は無い」


その時聞こえてきた男の声は紛れもなく

「如月君!」
「見たところ決着はついたようだが……無事か、長峰清奈」
「当たり前でしょ。ふう……」

清奈は立ち上がり、乱れた髪を後ろに流して整えた。
「退路の確保が必要なことぐらい、剣士であるお前にも分かるだろう。お前は愚かなのか利口なのかよく分からないな」
「うるさいわね。大体ゲート封鎖なんて聞いてなかったんだからしょうがないじゃない」
「まあまあ……」

僕が如月君と清奈の間に入った。

「まあ、無事で何よりだ。後は燃料補給が完了次第、出発する」
「行くわよ」
「切り替え早いなあ2人とも……」

通気孔を通ったせいで僕の肌は一部が黒ずんでしまっていた。コートは平気だったけれど。

◇◆◇◆◇◆◇◆

3人が去った。
彼らの姿が見えなくなった。倒れている巨大なネブラの上に一体のネブラが現れる。

「甘く見られてしまいましたね、レヴェナント。まだ私達の策は終わっていないというのに」

アルベラは自らの右手に青白い炎が上がっているのを見ていた。
倒れているレヴェナントが灯りに照らされる。

「復活せよ、レヴェナント。不死の体にはあの程度、どうという事もあるまい?」

直後
不気味にレヴェナントの肉体が震えたかと思うと、無数の鉄屑が宙に浮き、一ヶ所に収束する。
元の形に戻るのに僅かな時間しか費やさなかった。

「さあ……もう一度だ。もう一度立ち上がれ」

その姿はさらに大きい。
ついに天井を突き破る程になった。

レヴェナントが上に太刀を震う。

壁も天井も関係は無かった。
廊下の許容量を超えてしまったのか、上の階に頭が到達する。

上から降り注ぐ火花と埃とガラクタ達。

「ベラベラット。お前は、他の人間を喰らえ」

人間を捕食する大蛇は、さも嬉しそうな鳴き声を上げる。省にいる全ての人間を喰い散らかす許可を得たのだから。
蛇が、殆んど息を吐いたようなかすれた鳴き声を上げる。

「では私達も……向かいますか?」


◇◆◇◆◇◆◇◆

シャリアはギリギリまで燃料を貯めていた。
必死に時間を稼いでくれている彼らの為にも一秒も無駄には出来ない。フルにするにはドラム缶換算であと6本強必要だ。

如月達の命を任された今、シャリアは思う。
その気持ちは他の隊員も同じだろう。
あの勇敢な少年少女達を、決死の覚悟で守り抜くという、固い使命を胸に抱いて。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「この先だ」

3人は視界が不明瞭の中、鉄に覆われた空間を駆け抜けていた。

間もなく到着する。
すぐさまここから脱出しなければならない。


如月は一つ気掛かりな事があった。
自身の、義理の父の消息である。
だが彼は振り返らなかった。
冷徹なのではない。
あの男はこれしきの事で死にはしない、と心の底から信じていたから。
今、あの男が側にいるのなら……きっと自分の背を後ろから押してくれるはずだ。


守ると誓った者がいる。
共に闘う者がいる。
如月は、迷わなかった。


「やっと……やっと着いた」

後ろで息を切らしながら言った悠の声。

3人は出発口への扉を開いた……。



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