本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[25]chapter:7-3
「..ウロボロスは、今ユスティティアが極秘で追っている謎の一味だ..その素性はまだ明らかになっていない...」
「そこに..兄さんが...」
「..君は」
「はい?」
「いや..なんでもない...」
──この子は…まだあの出来事があっても「奴」を「兄さん」と呼べるのか……
「ウロボロスは何かの『禁忌』に関わっているのではないかと軍は踏んでいる..現にあの『シン』というやつは『悪魔召還』の上に『契約』の禁忌を犯した」
「禁忌...悪魔...冥界...ラルさん..そんなものがホントに世界に存在するんですか?」
「...君は身を持って体験しただろう」
「う...は、はい...」
「そうだ。シンが言っていた君の『指輪』を見して欲しいんだが」
「あ、はい。指輪はいつもつけてるんで」
ヴァンは右手の指をラルに見せた。
「やつはこれを手に入れるのが目的だと言った。...赤い宝石の指輪...いったい何故...ヴァンくん、心当たりはないのか?」
「う..うーん...とくには..この宝石は兄さんが僕を拾った時に僕が持っていたものらしいです..指輪には兄さんに加工してもらいました..」
「確かやつは、ウロボロスに命令されて指輪に加工したと言っていたな...ウロボロスにとってその指輪..いや宝石のほうか...?..いったい何が目的だ奴ら...」
ヴァンは右手をしまった。
ラルは無表情で何かを考えている。
「とにかく、その指輪はしまっておいた方がいいだろう。誰にも目につかないようにな」
「え..あ...あの..その...」
「なんだ?」
「この指輪...ずっと指にはめたままになっていて...はずせないんです...きつくて...」
静かな空気が流れた。
「じゃあ指ごと切って外すしかないな..」
「ええ!?」
「冗談だ」
この人が言うとシャレにならない。
ヴァンはそう思った。
「明日もはやい。もうそろそろ就寝につくか」とラル。
「あ、はい」
ヴァンはバッグから寝巻きを取り出した。
ふと、ヴァンの武器であるエクスキューショナー・ソードが目に入った。
剣を手にとってみる。
「不思議か?」
突然ラルが話しかけてきた。
「は、はい?」
「なんの変哲もない剣を持てるだけで『神の領域』と呼ばれるのは不思議に感じるだろう?」
もちろん不思議にきまっていた。この剣はなんの負荷もなく手に触れられ、持つことができる。
確かに見た目に反して軽すぎるという違和感はあるがそれ以外は普通の剣にしか見えない。
「はい..なんだが全然実感がわきません..」
ラルはフッと笑った。そしてマントの下から何かを取り出した。
「特訓に集中し過ぎて気づかなかっただろう」
「...?..なんですか、それ?」
ラルの手にはボロボロになった何かが握られていた。掴むところは剣っぽい。
でも刃の部分がボロボロすぎでそう見えない。
「...あ..ま..まさか...?」
ヴァンはやっとそれがなんだが分かった。
「そうだ、これは今日君と特訓で私が使っていたダガーナイフだ」
「ええ!?や..やっぱり...!」
「このナイフは反物質で造られていないからな。反物質で造られたその剣と渡り合えるほど強くない...分かったか?これが反物質の力だ。
二日前のあの戦いで君は、奴の『悪魔の腕』をたやすく切り裂いただろう?」
「そ..そういえば...」
「悪魔の腕は普通の剣などでは傷一つつけられないさ。だがその剣は君の非力な力でさえ切り裂いた。反物質はそれほど強力なんだ。
ユスティティアは禁忌を防ぐべく戦う故、あのような人智を超えた力と戦うこともある...そのためにはこちらも人智を超えた力で対抗するしかないんだ...」
ヴァンは唾を飲んだ。
「人智を..超えた力...」
「ヴァンくん、これから本部に着くまでその剣は絶対に人に見せてはいけない」
「え..何故ですか?」
ラルの目がなんだが悲しくなったような気がした。
「ラ..ラルさん?」
「...ヴァンくん..ユスティティアである私達が『アーミィ』からなんて呼ばれているか知ってるか?」
「アーミィ...確か国軍の中のユスティティアとは別の人達ですよね...?」
「そうだ...反物質を扱うことのできる人間は必ずユスティティアへといかされる。だがな、逆に言えば反物質を扱えない人間はアーミィになるしかないんだ...
人はな..自分の理解できない事象に『恐れ』を抱く...
地獄...幽霊...宗教...殺人鬼......死...
反物質は..普通の人間には持てない..ひどい時には触れることすらままならない...
そんな物質に触ることのできる我らを奴らにはどう見えると思う?」
「わ..分かりません...」
ヴァンはなんとなく分かったような気がした。
でも、それを口に出して言うことはできなかった。
「『化け物』...私達はそう呼ばれる...」
ラルは小さく、そしてきっぱりと言い放った。
「化け物...」
「人は人智を超えれば化け物と呼ばれる...ふ..自分にとっては化け物じみてることなんて何もないのにな...」
その通りだ。ヴァンはこれまでに自分を「化け物」だなんて思ったことは一回もない。
ヴァンは自分の手を見つめた。
──僕は、人間だ……僕が「化け物」だと呼ばれるのだとしたら、悪魔の左腕を持った人間はなんて呼ばれるのかな……
「とにかく秘密主義の意味も含めて、その剣を一般人に見せてはならない。分かったか?」
「は..はい......痛ッ..」
突然また今日の傷が痛みだし、ヴァンは顔を歪めた。
「今日の擦り傷か...」
「え..ちょ.....」
ラルがヴァンの横に座り寄り、手を握ってきた。
「動くな」
ラルはバッグの中から傷薬と包帯と酒を取り出した。
「消毒剤がないからこれで我慢しろ。少ししみるがな」
そういいながら酒をヴァンの傷口にひっかけた。
「ぎッ...がぁぁ!!」
どう考えても尋常じゃないほど傷にしみている。
「男なんだからこれぐらい我慢しろ」
ヴァンの悶絶をよそにラルは傷薬を塗っていく。
「軟膏だ。少しは痛みがひくだろう」
「あ..あの、じ、自分でやりますよ...」
「背中の傷は届かんだろ」
ヴァンは傷の痛みよりもラルが至近距離過ぎて心臓が高まっていた。男のような言動から、ずっとラルは女性という意識がなかったが、今日の湖の一件があり、完全に女性にしか見えなくなっていた。
「..懐かしいな...」
「は..はい?」
「昔、私の妹もよく怪我をして私が傷の手当てをしたものだ...」
「妹...」
──そういえばあの夜も妹のことを話してたな。
「君が私に料理を習いたいと言ったろ?」
「は、はい」
「妹も私に料理を習いたいとだだをこねたことがあってな..最初あの子、全然できなくて泣いてたな。それでもあの子は最後まで頑張ってた」
ラルの声は今までになく穏やかだった。
一人の、優しい姉の声。
ヴァンはその声に暖かみを感じるとともに、何か虚無を感じていた。
「ラルさんって..ホントは優しいんですね...」
「なに..?別に...私は...」
ラルは少し恥ずかしがっているようにも見える。
「その妹さんは、幸せですね...こんな優しいお姉さんがいて...僕は、一人だから...」
「ヴァンくん...」
ちょうど包帯が巻き終わった。
するとラルは静かに話し出した。
「君は一人じゃない」
「え...?」
「私がいる」
「..!」
「本部には私達と同じユスティティアもいる。君にはもっと仲間が増えるさ。
ほら、傷の手当ては終わった。明日も特訓をするからな」
そうして今夜は寝床についた。
寝袋の中でヴァンは静かに涙を流していた。
だがそれは悲しみの涙ではなく、
──私がいる...
喜びの涙であった。
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