†壱章/尚早†
[11]家
「ただいま〜。」
学校でいじられ通された僕は、改めて家の有り難みを知った。
「お帰り。」
和室の方からばあちゃんの声が聞こえる。
僕は一人じゃないと言う幸せを噛み締めながら扉を閉め、靴を脱ぎ、階段を上がり、鞄を置き、ベットに飛び込んだ。
「つっかれたー!!」
え?
なんでそんなに元気そうだって?
当たり前じゃないか。
僕は解放されたのだ。
あのハーフ野郎から!!
僕はあの言葉を聞いた瞬間、嬉しさに打ちひしがれた。
それは数時間前の事−−−。
帰りのHRが終わり、僕は軒澤と部活に行くことになった。
しかし、僕には大きな問題があった。
「射場さん、僕部活あるんで、帰りは「悪い、紘慈。」」
今度はなんだ?
僕がそう思っていると、彼の口から思わぬ言葉が出てきた。
「俺、行くアテが出来たから。」
なん、だと…?!
当てが出来た、とな!?
これほど嬉しい事はあるだろうか!!
「全っ然良いですよ!!じゃ☆」
僕は軒澤の肩を抱き、そのまま部活に直行した。
この時の僕のテンションは異常だったに違いない。
そして、今に至るのだ。
僕は昨日眠れなかったベットに頬擦りした。
悪魔は去った。
僕はまた明日から普通の男子高校生として生きていけるのだ。
暫く瞑想していると、部活の疲れもあったのだろうか、僕はそのまま、寝てしまった。
重い…
苦しい…
臭い…
穢い…
そんな感じのものが一気に僕に降り注いで来た。
目を開けてみると、全身が爛れてドロドロになった女の人が僕の上に乗っていた。
僕は全身に力が入らず、ずっと彼女を見つめていた。
押し退けようとか、退治しようとかは思わなかった。
寧ろ抱きしめてあげたいぐらいだった。
それぐらい僕は彼女を見て悲しくなったのだ。
『辛いよぉ…、寂しいよぉ…、』
彼女は僕を見つめて言う。
楽になって良いんだよ?
心の中で僕はそう言った。
彼女はそっと僕の方に近付いてきた。
僕はゆっくり目を閉じた。
優しいキスをする時と似ているな、とぼんやりと考えていると、突然激しく窓を叩く音がした。
何処かで見たことがある、金髪の青年だった。
途端、彼女の顔が豹変した。
窓ガラスが割れて、金髪の人を電柱まで押し付けた。
金髪の人は強く背中と頭を打ち、そのまま落ちていった。
彼女は泣きながら戻って来た。
僕は微笑みかけて、心の中で言う。
もう、あんな事、しちゃ駄目だよ。
彼女は嬉しそうに微笑んで僕に近寄って来た。
でも、途中で止まった。
彼女の前に父さんが立っていた。
とても悲しそうな顔で立っていた。
僕は久しぶりに会えた父さんに駆け寄って行きたかったが、体が動かなかった。
父さんが何か言おうとした時、黒い髪の少し父さんより背の低い優しそうな男の人が現れた。
兵隊の格好をしていた。
僕も父さんも吃驚して、只呆然と見ている。
男の人はゆっくり僕に近付いてきて、僕の頬を両手で触った。
まるで、僕が僕であることを確認している様だった。
『大きくなったなぁ、お前の為なら、苦しくないなぁ。』
男の人はそう言うと、父さんにも何か言った。
父さんは深々と頭を下げると、何処かに消えた。
彼女は男の人を見つめた。
男の人は彼女を抱き締めた。
すると、男の人は彼女の中にズルズルと吸い込まれてしまった。
僕はその光景を只見ることしか出来なかった。
彼女は満足そうに笑った。
そこに、さっきの青年がやって来た。
彼女はさっきの様に怒る事もなく、彼を見据えている。
彼は辛そうな表情をして左手を彼女に向けた。
きっとさっきぶつかった所が痛いのに違いない。
彼は、きつく目を瞑り、すいません、と口から漏らした。
「鎖魂天送。」
彼がそう言うと、左手から鎖状になった白い布が出て来て、彼女を包み込んだ。
完全に包まれる前、彼女は僕の方を向いて言った。
『もう、大丈夫だなぁ。』
あの男の人の声だった。
鎖は彼女の体にくい込み、淡い光がぱっと弾けると、其処には誰も居なかった。
僕は何故か泣いていた。
音がした方を振り返ると、射場さんが倒れていた。
「射場さん、大丈夫ですか!?射場さん!!」
あれ?
どうして僕は射場さんの事を忘れていたんだ?
とにかく、僕は携帯で救急車に連絡して、ばあちゃんを独りにするのもなんだかなぁ…と言うことで、ばあちゃんと一緒に射場さんの付き添いとして救急車に乗り込んだ。
ばあちゃんは救急車が来るまで念入りに戸締まりを確認していた。
全く、心配症だなぁ。
病院に着くと、射場さんは全身を打ち身だと診断され、二、三日入院する事になった。
僕は母さんと伶羅に連絡して、今日一日病院でばあちゃんと過ごす事にした。
「ばあちゃん、良いの?」
と僕が訊くと、ばあちゃんはニカッと笑って言った。
「こうやって、べっぴんさんを拝めるじゃろ?」
はいはい、そーゆー理由でしたか。
僕がそう思っていると、ばあちゃんが「寒くなったねぇ。」と呟いた。
ばあちゃん、季節は春ですよ。
僕が理由を尋ねると、ばあちゃんはにこにこ笑って窓を眺めた。
「面白い話をしてあげようかねぇ。
さっきまで見とった夢の話。
ばあちゃんが久しぶりに見た夢の中にじいちゃんが出て来てこう言ったんよ。
『もう、一緒に居れんなぁ。』
って。
ばあちゃんが理由を訊いたら、大事が起こっとる言うもんだから吃驚してね、でも、何が起こっとるかは言ってくれんかった。
戦争の時何も言ってくれんかったのと重なって、ばあちゃんなぁんにも言えんかった。
そしたら、じいちゃんこう言ったんよ。
『もしも、じいちゃんが失敗したら、ばあちゃんは大事なもん全部持って逃げや。』
ばあちゃん、この家全部大事や、言うたら、
『ほんなら、絶対この家に変なもん入れたらいかん。』
言われてなぁ、ばあちゃん、じいちゃんと最後の指切りげんまんして、最後の逝ってらっしゃい言うたんじゃあ。
じいちゃん恥ずかしそうにありがとう言うてなぁ。
後にも先にもあんな可愛いじいちゃんは初めてじゃった。」
僕はその話を聞いて涙が止まらなくなった。
「どおして、紘ちゃんが泣くの?」
ばあちゃんのしわしわの手が僕の頭を優しく撫でたのが余計に涙腺を刺激した。
射場さんもいつの間にか起きていて、ずっと窓を眺めていた。
ばあちゃん、ありがとう、そして、ごめんなさい。
僕は家に帰ったら真っ先に、じいちゃんと父さんの仏壇に手を合わせに行こうと決心した。
家族の大切さが分かった一日だった。
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