本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[10]chapter:3 禁忌の夜のはじまり
外はもう真っ暗になっている。
置き時計の針はもう9時を過ぎていた。
シリウスはまだ帰ってきていなかった。確かに今まで炭鉱の仕事で遅くなることはあったがヴァンに知らせないことは一度も無かった。
炭鉱で何かあったのだろうか。
ヴァンは心配になった。
「ヴァンくん」
「は...はい..」
「シリウスさんはいつもこんな遅いのか?」
「え..いや、時々ありますけど...いつもなら連絡が...」
ラルは黙りこみ何かを考えているようだった。
ヴァンはお腹がすいていた。
テーブルの上にはフランスパンが置いてある。ヴァンが晩御飯のためと置いたものだ。
シルウァヌス家はいつもシリウスが料理を作るためヴァンは晩御飯を作ることができなかった。
だが今日はラルがおり晩御飯を出さないわけにはいかないとヴァンはとりあえずフランスパンを置くことにしたのだった。
しかしラルはパンを取ることは一度もなかった。
お腹がすかないのだろうか。ラルは顔一つ変えずに部屋の隅にずっと立っていた。
ラルがパンを一つも食べないせいでヴァンは遠慮してしまいパンに手が出せないでいた。
ヴァンは空腹も気がかりだったがそれよりもこれからのことについて考えていた。
自分はこれからどうすればいいのだろうか。
シリウスは自分で決めろと言った。
ラルは自分に覚悟があるかと問いた。
もちろん軍になど入りたくない。
だが、予想だにしなかったシリウスの意外な言葉に深い意味を感じてしまいヴァンの決断を倦ねさせていた。
シリウスは僕に軍に行ってもらいたいのだろうか。
ヴァンはこれまで、人生の全てをシリウスに任せてきた。そのせいでヴァンは自分で何かを決意したことがない。
ヴァンはもうどうすればいいか分からなかった。
トントントン...
「え...?」
ドアをノックする音が聞こえた。
シリウスだろうか。いやそんなはずはないだろう。自分の家をノックして入る奴がどこにいる。
ヴァンはドアを開けた。
そこには顔から下までふくよかなおばさんが立っていた。
ビルのお母さんだ。
ビルの父、ヴァレリーが役所で演説をする時にビルのお母さんはいつも隣にいたのでヴァンは顔くらいは知っていた。
だが知っているだけで話したことはない。
「な...なんですか?」
「夜分遅くに申し訳ありません。あなたはビルのお友達のヴァンくんですか?」
さすが村の役員の奥さんだ。しゃべり方にどこか品があり丁寧だ。
とりあえず僕はビルを友達とは思っていないと言いかけたが心の中に閉まっておくことにした。
「そ、そうですが...」
「すみませんがこちらにビルはきていてませんか?」
あのビルがうちに来るわけがない。
「き...来てませんけど...」
「そうですか...」
ビルのお母さんは顔をうつむきため息をついた。
「どうされました?」
「え...?」
いつのまにかラルが後ろに立ち話に入ってきた。
「あら、お姉さん?」
「違...」
「違います」
ヴァンが答える前にラルが即答した。
「私は軍のものです」
「軍?ホントに?」
ビルのお母さんは目を煌めかせた。
「実はね...うちの息子のビルがこんな時間なのにまだ家に帰らないですの。他のお友達の家にも聞いてまわったのですがどこにもいなくて...」
「何か心当たりは...?」
「とくには...あ!学校から家に帰る途中で森を通らなければいけないんですけれど、あそこは暗くて物騒なんですよ...」
森の暗さはヴァンも知っていた。一度あそこを通ったことがあったが朝とは思えない暗さに臆病なヴァンは引き返してしまった。
それ以来ヴァンは学校に行くのに遠回りをしていたほどだ。
「もしかしたら森の中で何かあったのかも...あそこは猛獣はいないはずだけど...」
ビルのお母さんはホントに悲しんでいるようだった。
でもそんなこと言っても無理だ。僕にはどうしようもできない。
ヴァンはそう思うとラルが前に乗り出した。
「分かりました。私が調べてきましょう」
「え?」
「ホントに?お願いできます?さすが軍のかたですね!」
「とりあえずあなたは家に」
「はい」
ビルのお母さんはそう言うと家を去っていった。
「ヴァンくん、君はどうする?」
どうする?
僕も行くのか?
ヴァンはふと思った。炭鉱に行くには森を通る。
シリウスも森で何かあったのだろうか。
森の方を見てもシリウスがくる気配はない。ヴァンは覚悟を決めた。
「僕も...行きます」
「何故だ?」
ラルはすぐさま聞き返してきた。
「に..兄さんが向かった炭鉱に行くには森を通らなければいけないんです..そ..それで兄さんが..ななな何の連絡もしないで遅くなることなんて今までなくて...それで...」
「もっと落ち着いて喋れ」
ヴァンは喋るのが得意ではなく兄さん以外と喋る時はどうしてもしどろもどろになってしまった。
「君が言いたいのはつまり、先程の御婦人の子供の行方不明を聞き、同じく森へと向かったシリウスさんが森で何かあったのではなないかということだな?」
ラルはさすが察しはよかった。先程のグチャグチャな喋りだけでヴァンの考えていることを全て読んでくれた。
「は...はい...」
「ダメだ」
「え...!?」
ラルの返事はNoだった。
「な..なな何故ですか...!?兄が心配で...それで...!」
「ここで君が家を離れてどうする。兄を心配するなら尚更だ。
シリウスさんが何の事件にも巻き込まれておらず君のいない家に帰ってきたらどうする。
書き置きがあればいいかもしれないかもしれないが今回はそうはいかない。
もし御婦人の子供の事件がホントに危険なものだとしたら君は何の意味もなく危険にさらされることになる。
いいか。君はまだ『ユスティティア』ではないのだ。
言うなれば一般人なのだぞ。
故に君を森に連れて行くわけにはいかない」
ヴァンは黙って聞いていた。
ラルの言っていることは寸分のくるいもなく間違っていなかった。
冷静かつ迅速な判断。
これが、「軍人」と「一般人」の違いなのだろうか。
ヴァンは自分の無力さを実感した。
「君が兄を思う気持ちは十分に承知している。ならば君はここで兄の無事を祈り待つべきだ」
ラルは厳しい口調でそう言い放った。
「は...はい...」
ヴァンはうつむきシュンとなってしまった。
「……心配するな。彼は何があっても君をひとりぼっちにするような人じゃないよ...それは君が一番分かっているんじゃないか?」
ラルは優しくヴァンにそう言った。その声は今までのラルの声にはなかった女性らしい暖かみがあった。
ヴァンはラルの言葉に安心を覚えた。
「約束する..もし森でシリウスさんに何があっても...必ず私が助ける...」
ラルはそう言い、ヴァンの頭に手を置いた。
そしてすぐさま森の方へと向かっていったのだった。
ラルは森の入り口に立った。
入り口の中は暗く、まるで無限の闇が広がっているようだ。
だがラルは躊躇することなく森の中へと足を運んだ。
森の中は確かに木々のせいで道の周りは暗くなっているが、上から差し込む月の光のおかげで道はそれほど暗くはなかった。
この暗さに普通の人間なら少しは恐怖が生じるのだろうが、ラルは少しも恐怖は感じていなかった。
ラルはどんどん奥へと進んだ。
変わった所はないように思えた。
辺りは静寂に包まれなんの音も聞こえない。
獣どころかネズミ一匹出くわさなかった。
グルルル…
「…!……」
ラルは何か奇妙な唸り声を聞き足を止めた。
それはまるで猛獣のような唸り声だった。
ラルは辺りを見渡す。
だが何の気配も感じない。
気のせいだったのだろうか。ラルはそう考え前をむき直し、再び歩きそうとした。
その時だった。
タッタッタッタッ…
前から足音が聞こえる。ラルは剣を握りしめ身構えた。
「ハァ…ハァ……ハァ…」
見覚えのある顔。前から走ってきたのはシリウスであった。
「シリウスさん!ご無事で!」
ラルは剣を下ろした。
「ハァ…ハァ…た…ターナーさん…」
ドサッ
「シリウスさん!」
シリウスはラルを確認するとその場に倒れ込んでしまった。
ラルはシリウスの体を抱き起こした。
「どうしました!?シリウスさん!!」
「ハァ…ぐ…ハァ…ハァ…わ…分からない…炭鉱から帰ろうと…も…森へと入った途端…辺りが真っ暗に包まれて…」
「ゆっくりで大丈夫です。落ち着いて話してください」
「ハァ…すみません…。と…とにかくよく分からないんです。気づいたら辺りはもう夜で…ハァ…ハァ…」
どうやらシリウスは夜になる前には炭鉱の仕事を終え、森へと向かったらしい。
そこで何かがあった。
ラルはそう考えた。
グルルル…
「な…!」
ラルは背後に気配を感じ、後ろを向いた。
ヴァンはシリウスの無事を祈りながら家で待機していた。
時刻は10時になろうとしている。
「あ、そうだ...」
ドタバタしていて犬のシュバイツに餌をやっていないことにヴァンは気づいた。
ヴァンはすぐに餌を作り外へと向かった。
「シュバイツー、ゴメン。餌をやるのを…あ...あれ?」
そこには杭に繋がれた鎖だけが残り、シュバイツの姿はなかった。
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