〜第4章〜 黒の男


[53]2012年6月19日 午後7時35分


「さっきはよくもやってくれたな……!」

撃ち落としたはずの腕は再生した。全身が血肉で成っているその体は、おぞましさしか感じられない。顔までもがドス黒い液で染まり、醜い印象しか与えない。

「まだ生きていたか……」
そう言って僕は巨体の元に歩み寄る。

「虫けらが……この俺をこけにしやがるとはなあ……!!」
「ふん、口だけでは何とでも言えるだろうが、僕に傷ひとつ付けることさえ敵わない。お前のその程度ではな」
「ぬかせぇ!! 忌々しい人間どもがあぁっ!!」

すると奴は、

「あわわわわ……!」
「あ……きゃっ!!」

な……に……!

奴は重力の使い手だ。
物体に重力を加算したり、反重力にすることも容易だ。
奴は、僕の後ろにいた女の子とハレンを反重力で浮かび上がらせ、奴のすぐ側まで引き寄せた。

「まさか……!」

人質、だ。

「ふはははははぁ! この二人の命は俺のものだ! 武器を置け。さもなくばこの二人を圧死させる……クハハハハハハ!!」
「あいさわ……くぅ……っ!!」

ハレンの体が鷲掴みにされた。ギリギリと握り潰されていく。

「止めろ! やめろーーー!!」
「あ……ああっ……ぁああああ……!!」
ハレンが苦痛の余り声を漏らす。

「分かった……武器は下ろすから! それ以上はやめろ!」
「……あ……い……さわっ……く……!!」

僕はライボルトを床に置いた。仲間を犠牲にすることはできない。あの腕を撃ち落とそうとしても、二人が盾になってしまって撃てない。

「だめ……ですっ……! いま……たおさな……ああああう!」
「口を閉じろ小娘。このまま潰れてグチャグチャになりたいか?」
「やめろ! ハレンもその女の子も関係ない!」

僕は制止するよう叫んだ。僕が勝っても、仲間が犠牲になったら意味は無い。
くそ……!
僕はいつもそうだ。
どんなに強くなっても最後にこうして悔いが残る。
人質をとられてしまった。たったそれだけで、この姿になった僕でさえもこうして何も出来なくなる……!!

「お願いだ……その二人を離してくれ……僕が身代わりになるから離してくれ!」
「ヒヒヒヒハハハ! そんな頼み方じゃあダメだなあ? とりあえず土下座しろ、クハハハハハハ!!」
「貴様……!」

だが、逆らえない。
ハレンとあの子を助ける為……だから、だから……!

「許さないよ」

急に
僕の耳に届いた。
チリンと鈴の音が鳴った気がした。

その声の主は直ちに分かった。

「フハハハハ! 何が許さないのかなあ おチビちゃん!」

オーバーオールを身に纏ったその子が、掴まれようとした将にそのとき

「触らないで」

閃光が走った。
バチバチと火花が飛び散るように雷が落とされようだ。

録画された古いビデオテープが、断ち切れて絡まったように目の前の光景の焦点がはっきりしない。
目が眩む。
目の前が白くなったり赤くなったり黄色くなったり。

ようやく……
視界がはっきりした。
目を押さえ、フラフラする足を安定させて目の前のこうけ……





何かがおかしかった。
いや、全てがおかしかった。
自分が別世界にいるのではないか、と思ったほどだ。自分の脳と目の前の光景が噛み合って働かない。


ひん曲げられた肉体。
そのすぐそばで佇む少女。その横顔は

瞳が……血のように染まっていた。
その眼は……輝々(キラキラ)爛々(ランラン)。
魅入ってしまう、そんな毒々しい輝き。

「分かった?」

もう生きてなどいない(元々生きていたものかどうか怪しい)その生々しくいかがわしい物体に話しかけた。

転がっていたハレンが立ち上がる。
その顔は驚愕の表情

何が起こったのか――

そんなことを告げていた。
「っ!」

無理な方向に曲げられた体を治そうと、不気味に肉塊が動き出した。鉄骨を馬鹿力で無理矢理折り曲げたような軋む音が響きわたるが、それは本当に耳障りなだけだ。

「あれ〜? まだ戦いたいの?」

その女の子が
笑顔で
そう、今まで僕に見せてきた笑顔の中でも飛びっきりの満面の笑みで、そう告げた。

肉塊が動いているのは、戦う意思があるからではない。戦意も失せ、もはや肉体はどうにもならない。あれはただ、命を強制的に奪い取る程の激痛から、無駄ではあるが、逃避しようと体が痙攣しているだけ。

「も〜! おじさんったらそんなになってもまだ戦いたいの? そんな風になったら、【もう誰も生き残ることなんかできないんだから】無理して動かないほうがいいと思うよ」

今度は呆れ顔だ。
まだ理解が追い付かない。あの閃光が駆け抜けた、僅か数秒の空白に一体何が……。

「―――。――――。」

何か喋っている。
もう口も舌も奪われたのか喚き声が鳴るだけ。

「だ〜め〜だ〜よ。弱いものをいじめる悪いネブラさんは、あたしがおしおきしちゃうんだからね!」



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