第四章


[16]内戦


ー修行場ー

海は静まりかえり、水平線には日が半分顔を出した時間だった。

北には既に毘禅様、他あの書斎にいた面子が揃っていた。

そしてその四人の前には何万の数の兵が戦闘に備えていた。

「遅い…ふんっ、尻尾でも巻いて逃げたか?」

しびれを切らした毘禅様は苛立ち始めた。

「ここは我々の勝ちではないですか?」

関与殿が幕を閉めようと毘禅様に声をかけたその時だった。
突然何処からか声が聞こえてきた。

「ちょっと待ったぁ!」

南の遠くの方から爽貴様が現れた。
その後ろからは龍緋殿が歩いて来ていた。

「やっと来たか、はやり龍緋が引っ付いて来たか。」

「私は爽貴様の側近ですから。
お決めになったのは毘禅様ですよね?」

龍緋殿は嫌みに話かけた。

「くっ…、他は…何?!
璃燕殿だと?!」

「はい、実は朱雀の新技を丁度試してみたかった所だったんです(大嘘)。
ほらうちの国平和一筋になってるんで。」

「それに、垰珎に薪宮まで!」

「俺は龍緋に頼まれたんだ。
外でこんな楽しい事になってるとはな。」

「私は垰珎の観察をするように毘禅様に言われていたので、彼が動けば私も動かない訳にはいきませんよ。
あっ!今回出場することを報告していませんでしたね。」

毘禅様の表情が険しくなった。

「そんな報告なんぞいらん!」

「まぁまぁ、そう怒らないで下さい。
私は今回に関しては口を挟みませんからご安心下さい。
手は出しますがね。」

「くそぅ、舐めやがって。」

頭に血が昇った毘禅様に彰廉先生がなだめた。

「毘禅様、落ち着きなされ。
ところで爽貴殿、兵はどうした?」

「兵なら私たちの後ろに…」

「なっ??!」

南の方の五人の後ろからぞろぞろとだらしない歩き方で沢山の人が集まってついてきていた。

「いやぁ、久しぶりの下界じゃねぇかぁ。」

うお!日が上ってるぜ!」

「おい!垰珎に龍緋!お前等にゃあ負けねぇぜ!」

「挑むところだ!」

「…。」

「うぉい!龍緋聞いてるのかぁ?」

「…はいはい。」

「龍緋、落ち着いているようだな。」

「王(ワン)殿!
来てくれたんですか。」

「当たり前だ。
お前の姫殿の頼みだからな。
次は垰珎を飼育しなければならなくなってな、薪宮殿も俺も大変な身だ。」

「そうですか。
そしたらあいつは俺の後輩になりますね。」

「そうだな、まぁ積もる話は今度ゆっくりしよう。」
毘禅様が遂に割って入った。

「爽貴、どういう事だ。
牢中にいるはずの奴等ばかりじゃないか。」

「はい、お父様。
しかし条件は何もありませんでした。
ですからこうして来ていただきました。」
「くっ、どいつもこいつも…。」

彰廉先生は再びなだめた。

「毘禅殿、始まったばかりですぞ、落ち着きなされ。
小娘一人に何が出来るのじゃ。」

「…すまない。
ではさっさと開始する。
一・二軍前へ!」

兵は前から八列目までが前に進んでいく。
龍緋殿が一歩前に出る。

「先ずは俺が…。
我ハ龍緋、目前ノ兵ヲ全テ消シ去レ。」

全身からは真っ赤な炎が現れ火柱が登り赤龍が現れる。

『契約初メテノ呼ビ出シダナ。
龍緋ノ願イ応エヨウ。』

くおおおぉぉぉ…

赤龍は空中のあらゆる空気を口に勢い良く吸いはじめた。
毘禅様は彰廉先生に目をやる。
それは術で防御をしろという合図だった。

彰廉先生は阿吽の呼吸で指をクイッと動かした。

と同時に赤龍は兵の方へ向き直る。

ゴオオオォォォォ

真っ赤な火炎が一軍・二軍を一発でしとめ、更に次の指示に備えている三軍・四軍にまで余裕で届き五軍に到達しようとしたとき、彰廉先生の防御術で見えないが壁を作った。

炎は見えない壁に当たり上へと炎上した。
彰廉先生の額には汗が滲み出る。

「…くっ。」

「彰廉殿…。
構わん離せ、身が持たん。」

「し…しかし兵が…。」

「私に策がある、任せろ。」

「…かしこまりました。」

先程まで力の入っていた指はダランと真っ直ぐになった。

先程まで兵を守っていた防御壁は無くなり、赤龍の火炎は一気に兵の最後尾まで火の海と化した。

「ぐあぁぁ、まっぐろだぁ、毘禅様ぁぁ…。」

北の兵達は一気に真っ黒になり、皆が倒れていく。

南に立つ者は唖然としていた。

垰珎はポツリと独り言を放った。

「…何て残酷な…兵を何だと思ってるんだ。」

「あれは毘禅本人ではない、作り物だ。」

「龍緋!作り物?偽ということか!」

「あぁ、あいつを殺しても別の本体はけろっとしているかもな。」

爽貴様は餌付きはじめた。

「おい!姫さん大丈夫か?」

「大丈夫…。
それより向こう側は兵がいなくなった。
こちらがかなり有効になったわ。」

龍緋殿は爽貴様に向き直った。

「そうだな。」

「…攻め込みましょう!」
爽貴様のその言葉を合図に、南の兵達は待ってましたと言わんばかりの気勢を発した。

『うおおぉぉぉ!!』

兵達は剣や槍を片手に正面から北の四人を目掛け走り出した。

近寄るに従い毘禅様の周りが真っ黒に包まれていく。

南の全兵が中央に到達した時だった。
兵の様子がおかしくなり何かを叫び始めた。

「おい!真っ暗だぞ!」

「毘禅は何処だ!?」

「隠れるな!」

今日は晴天、真っ暗になるはずもなく、爽貴様は訳がわからなくなっていた。

「これは黒龍独特の技ですね。
黒龍は毘禅様に化けています。」

「薪宮…。」

「…姿を表しました。」

毘禅様は真っ黒になり、やがて黒龍の姿化した。

『娘、爽貴ト言ッタナ、回リクドクナッタ、貴様独リデ私ヲ倒セ…。』

爽貴様は気付くと辺りには誰もいなかった。

「…皆は?」

『私ノ腹ノ中ダ、助ケタクバ我ヲ倒セ。』
爽貴様は唾を呑み喉を鳴らした。

「…もし…負けたら?」

『北ノ兵と他四人は仮ノ姿、現実デハピンピンシテルデアロウ。
シカシ、南ノ兵ト貴様ト他四人ハ現実ノ意識ヲソノママ持ッテ来テイル。
現実ノ奴等ハ今、貴様ト同ジク意識ヲ失ッテイル。
負ケレバ我ノ腹デ消化シ戻ラズ、貴様ハ本来ノ世界デ今マデノ事ガ現実化スルダケダ。
ソシテ先ノ続キヲ見ル事トナル。


身体が凍りつく爽貴様の選択幕は一つしか残されていなかった。

「…受けて立つわ!」

強がりを言いながらもかなりの責任を負わされた爽貴様に黒龍は相変わらずの上から目線だった。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.