第39章


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 一体どうしたというのだ。いつもであれば、むこうの方から飛び込んでくるくらいだというのに。
ああ、そうか。心配するあまり、勢い良く駆け寄りすぎたのかもしれない。俺は客観的に自分の今の見てくれを考える。全身の毛に砂や埃が絡み付き、いつの間にか出来ていた擦り傷に汚れて、ドブに住むネズミのようにぼろぼろだ。
驚かせてしまっても無理はない。
「落ち着け、アブソル。俺はお前を助けに来たのだぞ。さあ、来い」
 戸惑いを隠し、優しく語りかけながら俺はアブソルにゆっくりと歩み寄る。
しかしアブソルは顔を俯かせたまま首を横にぶんぶんと振るい、後ずさって離れた。
「ううむ。では、一匹でこんなところに置いていったのを怒っているのか?安心しろ、もう二度とお前を独りにしたりはしない。だから、機嫌を直してくれないか」
「――つき」
 ぽつり、呟きと、雫が凍える床を打った。
「ん?今、何と言った」
「嘘つき、ピカチュウは嘘つきだ!」
 涙を目一杯にため、アブソルは叫ぶ。
 ええい、何故こんなにも癇癪を起こしている。子どもはよく分からん。
「いい加減にしろ。俺はお前に嘘などつかん!」
 聞き分けの悪さについつい苛立ち、少し声を荒げて言ってしまう。
アブソルは少しびくりとしたものの、直ぐに俺をきっと睨み返した。



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