第38章


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 マニューラ達が引くソリはテンガン山の北西を越え、そろそろ遠目に鬱蒼と生い茂る森の木々が確認できるようになった。
 ソリの上でロズレイドはじっと自分の手を見る。一輪だった薔薇の手は花束のようにボリュームが増し、ロゼリアだった頃よりも随分と豪華で力強くなった。
「あー、もうダリぃや。後はテメーらに任せた」
 そう言うとマニューラは綱を離してソリに飛び移り、ロズレイドの隣にどかりと座り込んで一息吐いた。
 どきりとしてロズレイドは手に向けていた視線を上げ、横へと移す。大人と子供程あったマニューラとの身長差も、今や殆ど変わらない。見上げなくてもその横顔がすぐ近くにある。意識すると何だか妙な胸の高鳴りをロズレイドは感じた。
 何やら袋を漁っていたマニューラも、その視線に気付く。
「なーにちらちら見てんだよ。まさかホレたか? ヒャハハ」
 取り出したサイコソーダの缶を爪で器用に開けつつ、マニューラは冗談っぽく笑った。
「……そうです。ダメですか?」
 精一杯の声を絞りだし、それでも呟くようになってロズレイドは言った。マニューラは飲みかけていたソーダを盛大に口から吹き出す。
「キャッ、何!?ばっちいわね!」
 運悪くその前にいたメスのニューラが悲鳴を上げて睨む。ぎょっとした様子で別のニューラ達も振り向いた。
「ごほっ、だって、何かこいつがよぉー……」
「い、いや、ほんの冗談ですから。あなた流に言えば、『ジョークだよ、びびったか?』って所ですか」
 慌ててロズレイドは先程の言葉をかき消すように声を上げた。
「チッ、随分と生意気言うようになったじゃねーか。オメーには百万光年はえーよ」
 口元を拭い、マニューラは肘でロズレイドをどんと突いた。
「そりゃそうよね。尻に敷かれるだけじゃすまないわ、きっと」
「カビゴンの下敷きになった方がマシだ、ギャハ」
 げらげらとニューラ達は笑いだす。
「後で覚えとけよテメーら……」
 マニューラは眉間と口端をぴくぴくと引きつらせて唸るように言った。
 ほっと安心しながらも、どこか残念そうな複雑な顔をしてロズレイドはため息をついた。


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