第43章


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 あっしのそれまでの人生なんざ、自慢げに誇ることもない、楽しげに語らうことも出来ない、
無い無い尽くしの素寒貧でスカポンタン――てめえで言ってて涙がちょちょぎれそうな有様だ。
「どんな生き様っつったって、百貨店ん中でオメエらが見てきたもんが、俺様の全てだよ。
物心ついた時からあの黒ずくめのクソッタレ共にびくびくへこへこ生き長らえてきた。
それ以上、語ることなんざ何にもねえ……マジでよ」
 吐き出た言葉の苦さに嘴の端が曲に歪み、枯れ枯れとした吐息が漏れた。
「でも、君はこれから幾らでも変えることが出来る。それに誇ることも楽しかったことも何も
無いなんて、本当かい? 例えば、あの筋肉の権化のようなワンリキーを一羽で倒した、
恐ろしい犯罪組織のアジトからまんまと逃げおおせた――十分に誇ることができる武勇伝だろう?
 皆で眺めたあの見事な紅葉、やいやいと騒ぎ合いながら野営の準備をしていたあの瞬間、
ちっとも楽しくなかった? 君は気づいていないだけ、気づこうとしていないだけさ」
 屈託の無い笑顔を浮かべてマフラー野郎は言った。その顔には何だか奴自身の他にも、
別の誰かが重なって見えた気がした。
「……ケッ、べらべらと恥ずかしげも無く良く口の回る奴だ」
 あっしは気恥ずかしさを払うように悪態をつき、そっぽを向く。
「さあ、お次はお嬢さん、君の番さ」
 お呼びがかかり、ニャルマーはさながら窓からそろりと抜け出そうとしていた所を見つけられた
泥棒みてえに、ぎくり、と体を揺り動かす。



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