第36章


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「どうしようもねえな、こりゃ」
 ばつが悪そうにドンカラスは頭をばさばさと羽でかく。
「しばらく一匹にしておいてあげるしかないよ」
 そう言って、エンペルトは窓の外に目を戻す。その視線の先にはポッタイシ。
ちょうど彼女も洋館を名残惜しそうに振り返ったところだった。
 ――さよならポチャ。そっとエンペルトは心の中で呟いた。
「追いたきゃ追ってもいいんだぜえ、エンペルト?」
 エンペルトの様子に気付き、ドンカラスはにやにやとしながら言い放つ。
「冗談じゃあない。そんなことしても、強烈なビンタが飛んでくるだけだよ」
「クハハ、違えねえ。ま、ようやく面倒臭えことが解決したんだ。
今日はゆっくりと飲みましょうや。たまにゃお前の愚痴を聞きながらでもいいぜ」
 ぽんぽんとドンカラスはエンペルトの背を叩く。
「そうだねえ。いつも聞かされてばかりでうんざりしていた所だからちょうどいいかもな」
「お手柔らかに頼みやすぜ。さあて、まずは食堂から有りったけの酒をとってきやしょ」
 食堂に入る際、ドンカラス達は半透明の体をした老人とすれ違う。
立ち直ったムウマージがまたイタズラをしているのだろうとさして気にも止めず、
酒とツマミを抱えながら階段を上って二階の部屋に向かう途中、今度はまた半透明の幼女と廊下ですれ違った。
 ムウマージの立ち直りの早さに苦笑しつつドンカラスが部屋の扉を開けると、
部屋の隅には肩を揺らして嗚咽しているムウマージの姿があった。とても元気にイタズラをできるような状態ではない。
 ドンカラスとエンペルトは顔を見合わせる。じゃあ、先ほど見た老人と幼女はまさか本物――。
「クハ、クハハ……。なあ、エンペルト。たまにゃあ外に飲みに行くのもいいんじゃあねえかな。
トバリのエレキブルんとこ辺りに泊まり掛けで三日程。終わる頃にはさっき見たものは全部忘れて解決、解決」
「……ああ、そうだね。そうしようか、あははは」
 振り絞ったような乾いた声で二匹は笑いあった。

 霊の力の大部分は怨念や後悔、執念など言わば強い気持ちの力だ。
悲しみから立ち直った時、ムウマージの力は増している……かもしれない。


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