第一章 始まりは突然に
[02]第二話
如月は、普段からトレーニングの一環として行っている持久走をしていた。
今の時期は冬なので、最初は寒いが走っているうちに暑くなる。だが、如月はウインドブレイカーを脱いでいない。
この13kmの持久走を終えた後も、トレーニングは続くからだ。
自宅のマンションの周囲を一定のペースで、決められたコースを走り回っていたが、突如、マンションを出てすぐ近くの、まっすぐに伸びる上り坂を登り始めた。
ペースを乱す事なく順調に進み、ついに上り坂を登りきった。
如月はそのままペースを緩める事なく、脇の公園へと続く道に入り込んだ。
5mほど歩を進めてから、妙な事に如月は気が付いた。
「いつもと雰囲気が違う……? 森がざわめいているようだな」
だが、気のせいだろうと思い、自らの鍛練に集中し始めた。
この時は、木々のざわめきが何を意味し、自分の運命の大きな転換が起ころうとは、誰もが予想してなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
如月がトレーニングに利用している公園は、如月が住む街、上穂(かみほ)町にある有名な公園、上唐(かみから)自然公園である。
ここは、小高い丘の大半の土地を占めていて、様々な目的で地元から利用されている。
その中でも、如月はアスレチックを最適なトレーニングの場と見なしていた。
今日も同じように枯れ葉を踏み締め、アスレチックへと走りながら向かったわけだが、十数m先に妙なものが地面に横たわっていた。
「あれは……。人か?」
などと思いつつ如月は、少し走るペースを上げてそれに近付く。
距離が縮まるにつれて、その輪郭がはっきりとしてきた。
そして、目の前まで来た。
それは物ではなく人だった。それも如月と同年代と思われる女の子だ。
如月は、彼女の頬をペチペチと叩く。
「反応無し、か。一応呼吸はしているみたいだが………ん?」
如月は倒れている少女の頭に注目した。
頭についている獣の耳。
「コスプレか……?」
そう思って、それに触れようとした時、少女のその耳がピクピクと動いた。
「う、動いた?」
いきなりの出来事に、如月は触れようと伸ばしていた手を、火傷したかのように引っ込めた。
さらに、ある事に気付く。自分の手の平に血がついていた。
「この出血量は尋常じゃないな」
出血している箇所が分からないが、如月は少女をお姫様抱っこの要領で抱いて、自宅へと急いだ。
今日のトレーニングはこれで中止だが、日々の鍛練が活用されている事に、内心喜ぶ如月だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ここはどこにあるのかも分からない空間。周囲を見渡しても、上下左右全てが暗闇だ。
そこに、まるで道を示すかのように篝火(かがりびりび)が等間隔に設置されている。
その道の上に、中世ヨーロッパの男性貴族が着ていたようなコートを身に着けた男がいた。
「それで、目標の追跡はどうなった……」
その男は、左手を左のこめかみに当てて何やら話している。
直後、その声が怒号に変わった。
「馬鹿者! 目標を逃しただと? 貴様らサーヴァントどもは何をしている! 一刻も早く目標を探し出し、主の元に差し出すのだぞ! ああ、そうだ。貴様の指揮で対処しろ。手段は問わない」
男はそう言うと、やや速足で暗闇の中に消えて行った。
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