第43章
[67]
ぴりぴりと張り詰めた空気の中、気にせず踏み込んで行く俺の足元に、カツンと乾いた音が響く。
見下ろすと、つま先ぎりぎりに鋭い氷の刃が突き立っていた。刃の中程に刺されたオレンの実が、
ずるりと果肉を滴らせてずり下がった。
こんなことをするのは一匹しかいない。すぐに犯人の目星をつけ、そちらを冷ややかに見やった。
『テメェの分はもうそんだけだよ。遅刻して来んのが悪いのさ、ノロマ』
視線の先で、黒い毛並みの猫が椅子を蹴り飛ばすように勢い良く立ち上がって悪態を吐く。
周りではほくそ笑んで傍観している奴、取るに足らない様子で鼻息をついて目を背ける奴、
初めから目の前の食べ物にしか注意を向けていない奴、態度は様々だが誰一匹止めたり咎めようとはしない。
黒猫はバツ字傷の刻まれた顔面を憎たらしい笑みで歪め、つかつかと二足で歩み寄ってくる。
『それっぽっちじゃご不満かい? なら、媚びて縋りな。お慈悲をお分けくださいスカー様って、
そのお高く気取った坊ちゃんヅラを地面に擦り付けて、まるで乞食みてえによォ』
スカーフェイス、略してスカー。その黒猫の顔の傷に因んで、持ち主の兵士が戯れに付けた安直なニックネームだ。
持ち主の人間から一方的に決められて押し付けられた種族名以外のニックネームなんて、
ただの己を示す号令・合図以上には思わずにさして愛着を持っていないものもいるけど――俺がそうだった――、
中にはそれを甚く気に入ってコイツやあの子のように自分の名前としてしまうものもいた。
この黒猫、スカーには何かに付けて因縁を付けられ、喧嘩を売られ続けていた。
どうにも彼の目には当時の俺は『黄色い悪魔』なんて恐れ持て囃され、調子付いているように写っていたらしい。
事実、傲慢になっている節は多少あったかもしれない。俺は上からの評判は決して悪いものじゃあなかった。
どんな酷な命令であろうと背くことなく、割り切って、躊躇なく的確にこなしていたからな。
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