side story
[22]時を渡るセレナーデO
「連中は今夜動くぞ」
「ならば今が叩くチャンスか?」
「いや、この島で迎え撃つ。殺すにはふさわしい場所が必要だ」
「分かった」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「クックック。遂に奴等が来るか………」
「キヒッ! 手はずは整ってございますが」
「よし。レヴェナントとアルベラ、我らの存在を奴等に知らしめてくるのだ!」
「はっ!」
「イビルは海上で迎撃。その後遺跡内部で忌々しい時渡りどもを叩き潰す!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「了解。各部隊には準警戒体制を発令。シフトはA-6だ」
如月は端末に向かって誰かに指示を出していた。
彼がいるのは科学省に近い自然公園である。今は夏休み中なので、公園に遊びに来る親子が多い。
そんな微笑ましい光景に目を細めて如月は木陰のベンチに向かった。
「暑いな」
「全く同意見ね」
「ほら、イチゴオレだ。長峰清奈」
「あら気が利くじゃない」
「暑いからな」
蝉の合唱大会が響く中、如月はベンチに座る清奈の隣に座った。二人の隙間は人一人分といったところだろう。
清奈は少し寂しげな表情を一瞬見せた。
如月はそれに気付いていないようだ。
「お前達がミーティングをしている間、調査をしていた」
清奈はイチゴオレを飲みながら如月の横顔を見る。
「昨晩の結界展開地点を重点的に調べた結果、確かに亜空間らしき存在を確認した」
「………まだ信じていなかったのね」
「いや、そうじゃない。気になる点があったんだ。確か、ネブラという勢力だったか。彼らはお前達とほぼ同じ場所からこの時代に来ていた。実は彼らが来たと推測される日時に小規模な戦闘があの場所で起きた。だから、こんな事態になってしまったのは空間結界の影響かもしれない」
「それはないわね」
如月の懸念をあっさりと否定する清奈。
驚いているのか、如月は目を見開いている。
「たとえ戦闘が起きていなくても私達はネブラを追ってこの世界に来ていた………。空間結界が張られていても、単に偶然そこに出てしまっただけよ」
「そう、か」
如月は難しい顔をして前を見た。
空間結界が何ら影響を与えていなかった、というのは嘘だろう。あれは一種の亜空間だ。そして不可視空間も亜空間の類と認定できる。恐らく亜空間どうしの結び付きが強いために遭遇した可能性が高い。
これは今後の戦闘に使えるかもしれない、と如月は結論づけた。
清奈は思考に没頭している如月を見て、悠の姿が脳裏に浮かんだ。
なぜ彼の姿に悠を当てはめてしまうのか。それは彼女にも分からなかった。
しかし、ある事には気付く。
如月と悠はどこかが似ているのだ。何かに対して一生懸命になる姿。それが二人の共通点なのだろうか。
だから彼に惹かれているのかもしれない。
それでも、と清奈は思う。
惹かれているとはいえ、それは悠の姿に似ていただけだ。いくら如月が悠以上に優れているからといって、如月を好きになる理由はない。
結局、如月が好きなのではなく悠の姿に似せて見ていただけに過ぎないのだ。
そう思うと、清奈の胸につっかえていたもやもやはスッと消えた。
「私は悠が好きなのね…………」
空はどこまでも青く澄んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「やっぱり散歩なんてするんじゃなかった……」
「今は夏だからしょうがないですよ、相沢君」
暑さのあまりだれている悠に対してハレンは全く汗をかいていない。
たぶん、魔法か何かで体温を下げているのだろう。
正直、羨ましい。
「ほら、相沢君が行きたがっていた公園に着きましたよ」
「いや、行きたがってたわけじゃないけどさ………」
本当は清奈が気になって行動していただけに過ぎない。
ミーティングが終わった後、慶喜が如月と通信をしている最中に彼の居場所が分かった。それと同時に清奈は外に出かけたのだ。
妙な胸騒ぎがしたからついて行こうとしたのだが、
「来たら叩き切るわよ」
と物凄く怖い顔をされたので行けなかった。
だから清奈が出て行った後、ハレンに居場所を聞いて現在に至ったのだ。
「あれ? あそこにいるのはネルさん……?」
「みたいだね。でも何であんなコソコソと?」
ハレンと悠は互いの顔を見合って頷き、噴水近くの屋根のある小さな休憩場所で隠れるように居座っているネルフェニビアへと近付いた。
「ネルさん、何をしてるんですか?」
「ひゃっ! って、ハレンちゃん! それに相沢君も!」
ネルフェニビアは心底驚いた表情をして二人を見た。
彼女は耳を隠すためか、野球帽をかぶっている。
「えーっと、ここで一体何を?」
「えっ? それは……その………」
悠の質問にネルは顔を赤らめてうつむいてしまった。
ハレンは納得といった顔をして手をポンと叩いた。
「先輩と如月君の事ですね?」
「はう……!」
ネルフェニビアは頭からボンッと煙を出した。
どうやら図星らしい。
「そんな時はこれを使うと便利ですよ」
と男性の声がしたかと思うと手渡されたのは双眼鏡。
つまりこれで二人の様子を見ろという事だ。
「って、あなた誰ですか?」
ハレンが今更気付いたように尋ねる。
男性はボサボサした茶髪に茶色い瞳を持つ二十歳前半に見える。
彼は苦笑混じりに、
「初めまして、タイムトラベラーの方々。ネルの師匠だったリュウ・セイランです。気安くセイランと呼んで下さい」
軽く一礼をした。
それに対して悠とハレンは少し驚いていた。
なぜこの男がタイムトラベラーの存在を知っているのか、と。
「師匠……どうしてここに?」
ネルフェニビアも驚いているようだが、それは悠たちとは別の意味でだ。
セイランは彼女の頭に手を置くと、
「ネル、彼は清奈と闇の勢力について話しているだけだ。別に愛の巣を作っているわけじゃない」
「べ、別にそんなつもりじゃ……!」
またも顔を真っ赤にしてしまうネルフェニビア。
そんな二人の光景に、悠とハレンはついていけてないようだ。
「愛の巣って……」
「は、ははは………」
『悠、それよりもセイランに訊かなければ!』
『そう。タイム、トラベラーを……どこで知ったのか…………』
「そ、そうだった」
パルスとステラの指摘に慌てて悠は咳払いをした。
途端、二人が彼の方を向き、この場に微妙な空気が流れる。
「と、とりあえずセイランさん。どうしてタイムトラベラーの事を知ってるんですか?」
心臓の鼓動が一際大きく感じた。
セイランは一瞬きょとんとしたが、すぐに柔らかな笑みに戻った。
「簡単だよ。それは……………僕がネブラの一員だからさ!」
セイランの顔が邪悪なそれに歪んだ。
悠とハレンは即座に臨戦態勢に移る。
まさに一触即発の事態になった時、
「ってのは度の過ぎたジョーク。本当は知り合いに関係者がいるのさ」
「え?」
「はい?」
セイランはケロッと笑顔になり、悠たちは思いっ切り目を点にした。
ネルフェニビアに至っては苦笑いをしている。
ああ、セイランって人はこういう事が好きな人なのか。
悠はそう思うと、ハレンとともに脱力感に満ちた笑いを漏らすしかなかった。
そしてセイランは自身の簡単な紹介を始めた。
ネルフェニビアと同じ異世界から来た人間ではないヒトであること。自分のせいで故郷を破滅へと導いてしまったこと。“復讐者”と呼ばれる、とある少女と浅からぬ因縁があること。
彼は決して明るくはない身の上を話すと、
「不幸かどうかは知りませんが、自分の人生は決して暇ではないことが楽しいですね」
少し暗くなった雰囲気をケロッとした笑顔で一掃してしまった。
そんなセイランの言動に悠達は驚いたようだった。
ネルフェニビアが苦笑混じりにフォローを入れてその状況を取り持ったところで、悠達は各々の自己紹介をするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
――その日の午後五時頃
「キヒヒヒ! 気は熟した。殺るぞ!」
アルベラがとても禍々(まがまが)しい笑みで顔を歪ませた。
血塗られた祭りの前奏が、幕を切って落とされた瞬間だった。
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