第43章


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 だが、ゾロアークは態度を崩さず、鋭い爪を堪えるようにわなわなと震わせていた。
”端的に繰り返す。お前と事を荒立てるつもりは無い。村に危害を加えるつもりも無い。全くの誤解だ”
 嘆息を堪え、俺はもう一度繰り返した。
 それでも、ゾロアークの姿勢はますます強まるばかりだった。
『誤解……? 違う、嘘吐きめ』
 そう言うとゾロアークは厚みのある赤い後ろ髪におもむろに手を突っ込み、
中からするりと何かを取り出して俺に突きつけた。俺が巻いていたスカーフだ。
そこに記されている赤黒い染みに汚れた軍の標章をゾロアークは苦々しく爪の先で示した。
『これ、軍の印。奴らの兵器の証拠……!』
 息を荒げながらゾロアークは湧き上がってくる感情を堪えきれなそうに震える手を
ゆっくりと俺の喉元へと伸ばしてきた。このままじっとしていれば、
容赦なくこの獣は俺の喉に爪を突き立てて引き裂くだろう。
それ程に明確な敵意と危機感をひしひしと感じた。
 だが、頭では分かっていても、俺の体は動かなかった。ただ単純な殺意であったならば、
慣れたもので恐れはしない。俺を射竦めたのはその根深く暗い憎悪に満ちた目と、
恨めしく伸ばされる手。蠢く”彼等”が脳裏を過ぎり、ゾロアークに被って見えたんだ。
 赤い爪が今にも俺の喉元を掴まんという時、か細い閃光が弾けて黒い腕をびくりと退かせた。
<いい加減にして、ゾロアーク! 彼は関係ない! それにそんなことしたって、誰も喜ばない!>
 強い調子で彼女はゾロアークを諌めた。
 悲しそうに目を細めてゾロアークは肩で息する彼女を見やると、数歩退いて口惜しげに俺を再び睨んだ。


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