第43章


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 なぜ、どうして分からない? これだけ降り注いでいるのに。異様な状況に益々俺は錯乱した。
 足元の焼け焦げた地面は降り続ける赤い雨がじっとりと染み込み、まるで腐った肉のように
じゅくじゅくとしていた。ぼこぼこと泡立ち、止まりかけた心臓みたいにゆっくり鼓動していた。
 ――何を躊躇っているんだ、散々足蹴にしてきたものだろう?
踏み慣れたものはまるで使い古したカーペットみたいに足に馴染むだろう?
 忌々しく疎ましい声が響いた。
 うぐ、と苦く酸っぱいものが喉を込み上げて俺は思わず後ずさった。その足を何かが掴む。
見下ろすと赤黒い地面の中から這い出た黒く焦げ付いた手が俺の足に絡んでいた。
ぼこぼこと煮立っていた地面の泡達が焼け焦げた顔のような形に固まり、
空っぽの眼孔が一斉に俺を見た。人間、ポケモン、老若男女ありとあらゆる者達の顔だったが、
どれもこれも見覚えがある気がした。
 ――何を怖がっているんだ、俺達は見知った仲だろう? 逃げるなんて酷いじゃあないか。
お前は俺達を逃がしちゃあくれなかったのにな。
 それはきっと、今まで俺が殺してきた者達の顔だった。まるで禍々しい合唱のように皆口々に
怨恨の言葉を発し、俺を責め立てていた。
”馬鹿な、馬鹿な、こんなの、どうして……あ、ああ、俺は、俺は――!”
 自分の成して来た事の無残さ、おぞましさをまざまざと見せ付けられ、
俺は恐慌状態に陥って叫びながら頭を抱えていた。
 心の”余り”達が暴れ狂い、壁の亀裂が瞬く間に広がって、とうとう決壊は始まった。


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