第41章


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「もう大丈夫だよ」
 樹の下からマフラー野郎が優しく声をかけると、子ニューラは赤く尖った左耳をぴくりと揺らす。
「……もうあいつらいないか?」
 顔を伏せたまま、子ニューラは小声で囁く様に尋ねる。
「ああ、全員追っ払ったから平気さ。だからそんな所にいないで降りておいで」
 マフラー野郎が言うと、子ニューラは恐る恐ると言った様子でゆっくり顔を上げ、きょろきょろと周りを見回す。
蜘蛛達がいないことを確認すると、子ニューラはホッと小さく息をついて、するりと樹から降り立った。
「どこにも怪我はない? 痛むところがあったらすぐに言――」
 マフラー野郎が言い終えぬ内に、子ニューラは好奇心に目を爛々と輝かせてマフラー野郎に駆け寄る。
「オメー、スゲーな! ネズミのくせにビリビリーってさー! なんなんだあれ、どうやったんだ、どっから出したー?」
 捲くし立てるように言いながら、子ニューラはマフラー野郎に纏わり付き、物珍しそうに耳や頬をつついたり、
引っ張りだした。背中のチビ助はぎょっとしてそそくさとマフラーの奥に身を隠す。
「聞くまれも無く元気そうらね……」
 頬を両側に引っ張られながら、マフラー野郎はなされるがまま困ったように苦笑する。
「あいつら追っ払ってくれてありがとな! いつもは絶対に近付かないようにしてるんだけど、
今日はちょっと油断しちゃってさー」
 散々弄くり回した末、満足して落ち着いたのか子ニューラはマフラー野郎から手を離し、
思い出したように礼を言った。
「無事で何よりだよ。ところで、なんで一匹でこんなところにいるんだい? 大人達はどこに?」
 やれやれ、と仕方なさそうに乱された毛並みとマフラーをそっと直しつつ、マフラー野郎は尋ねる。
「うん、オレ、親父達が狩りする姿が見てみたくってさー。ホントはダメなんだけど、こっそり跡をつけてきたんだ。
親父達、すごかったぞ! 走ってるトラックに飛び乗って、タイヤをカチコチにして、木にドカーンってぶつけてさあ!」
 きゃっきゃっと楽しげに親達の勇姿を語りだす子ニューラに、マフラー野郎は「へえ。そうなんだ」と穏やかに
相槌を打ちながら聞いてやっていた。

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