第43章


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『おっ、やっとその気になったか、嬉しいねえ。待ってな、もう一瓶マヌケ共の懐からくすねてきてやるよ』
 気を良くした様子で酒を取りに行こうとするスカーを、彼女は違うと止めた。
〈……どんな命にだって、必ず生きている意味はあります。価値の無い命なんてありません、絶対に!〉
 普段、まるで敷き詰められた羽毛みたいに満遍なく物柔らかな態度を崩さない彼女が、少し語調を強めて、
どんな命にも必ず生きている意味はある、そう言い切った。
 スカーは面を食らった様子で目をぱちくりとさせた後、気を取り直すように茶化して手をひらひらとさせた。
『キレー事の慰めはいいんだよ、シスターちゃん。アンタも少しの間だが見てきただろ、
あの紫色の膨れ袋のどうしようもねえ生き様をさぁ。腹が減りゃ暴れ、下手すりゃ仲間でも食いかねない。
それをぶん殴ってでも止めるのが骨なんだ、また。まあ、もうそんな心配もねんだけどな……』
〈確かに、お腹が空いて暴れるマルノームさんにはちょっとびっくりしました。
でも、ちょっと、かなり乱暴な方法だけれど、スカーさんがそうやってマルノームさんを落ち着かせている内に、
段々、少しずつだけれどそんなことも減っていったじゃないですか。マルノームさん言ってました。
自分が暴れて怒られた後、部屋に帰るといつも誰かさんが食べ物を置いていってくれたんですって。
それが嬉しくて、申し訳なくて、もう少し自分を抑えられるようにしなきゃだって〉
『あの野郎、余計なこと吹き込みやがって……さあて、どこの誰だろうな、ンな物好きは』
〈マルノームさんが涙を呑んだ様子ながら私に貴重なオボンの実を分けてくれようとしたのも、
少し疲れて掃除の途中で休憩していた私を誰かに怒られてしょげているのかと勘違いしたらしくて、
それを誰かさんが自分にしてくれたように慰めてくれようとしてのことだったんです。
誰かにされた嬉しいことって、他の誰かにもしてあげたくなるんですよね。
なんだ、害を振り撒き続けることしかできないなんてこと、無いじゃないですか〉

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