第41章
[70]
思えば、こんなに空高く飛んだのなんて初めての経験だった。鳥の身に生まれておきながら情けねえ話だが、
今までは精々で二階建ての家ぐらいの高さ――確か、元飼い主の下っ端野郎と誰かの家にコソ泥に入った時
だったか――ぐらいまでしか飛んだことはなかった。あっしが眺めることが出来た空は、立ち並ぶ建物の影や、
張り巡らされた電線に切り取られたものばかりで、世界なんてもんはとても狭くて、平坦なもののように感じていた。
「どうだい、これが君の掴み取ったものさ。多少の無茶をする価値はあったろう?」
得意げにマフラー野郎は笑う。あっしは「けっ」と毒づき、ばつの悪さを誤魔化した。
「まったく、生きた心地がしなかったよ……。それより、折角広く周囲を見渡せるんだ。何かコリンクの手がかりに
なりそうなものがないか探してみておくれよ」
「そうだね、景色を楽しんでばかりもいられない、少し地上に目を凝らしてみようか」
既に気を取り直した様子でニャルマーは言い、マフラー野郎もそれに応じた。
マフラー野郎が異質すぎるせいで目立たねえが、この女の肝の据わり方と順応性も相当普通じゃねえ。
一体、どんな生き方をしてきやがったのか知らねえが、きっと相応の修羅場を潜り抜けてきたんだとは想像できる。
こいつらと比らべたら、あっしはなんてまともで普通なことか。度胸も、経験も、体力も――。
「――むむッ!」
早速、何か見つけた様子でマフラー野郎が声を上げる。
「十一時の方向、鉄橋の側を走る怪しい車影を発見だ」
マフラー野郎が指した方を見やると、建造中の鉄橋――完成したらジョウトとカントーを繋ぐリニアのレールになるらしい
――の側を、一台のトラックが走っているのが確認できた。一見、工事用の資材を運ぶトラックのように見えるが、
それにしては荷台は妙に厳重な覆いが施され、どうにも不自然だ。
「ちょっとあのトラック、追ってみようか――って、あれ? 何だか、少しずつ高度が下がってないかい、ヤミカラス?
まだ降りるには早いぞ。お、おい、ヤミカラス……何だか、ちょっと顔色悪い……?」
所詮、正式に伝授されたわけじゃねえ付け焼刃の飛び方。その内ガタが来るのは、必然だった。
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